軒下の植木鉢
台風が近づく午後、邦彦は店先の植木鉢を軒下へ移した。
陶器店の前には、妻が育てた鉢が十二個ある。妻が入院してからは、邦彦が水やりを引き継いだ。植物の名は半分も知らない。
風が強まり、葉が裏返る。大きな鉢は腰に響いた。
最後の一つを持ち上げたとき、通りかかった配達員の灯が手を貸した。二人で店内へ運ぶと、鉢底から泥水が垂れ、白い床へ点々と跡をつけた。
「ここまで入れたら安心ですね」
灯の合羽からも雨水が落ちている。邦彦は礼に、店の奥で茶を淹れた。妻が使っていた少し欠けた急須だった。
湯呑みを選んでもらうと、灯は青い釉薬のものを取った。
「雨の日の色みたい」
窓の外は灰色だが、湯呑みの青には晴れ間のような明るさがあった。
二人で茶を飲みながら、軒下の鉢を数えた。十一しかない。小さな一つを忘れている。
邦彦が外へ出ようとすると、灯が先に走った。持ち帰った鉢には、丸い葉の間から白い花が一つ咲いていた。
「これだけ、雨が好きだったかもしれませんね」
風が弱まるまで、鉢は店内に並んだ。湿った土と温かい茶の香りで、陶器店が温室のようになる。
翌朝、台風は過ぎた。邦彦は鉢を一つずつ外へ戻した。白い花の鉢だけは入口近くに置く。
病室の妻へ写真を送ると、すぐに〈それは雨草。水をやりすぎないで〉と返事が来た。名を知った鉢へ触れると、昨夜の雨が葉の上でまだ冷たく光っていた。
灯は数日後、配達の途中で店へ寄った。青い湯呑みを一つ買い、「雨の日用にします」と言う。邦彦は妻へ相談し、少しだけ値引いた。包み紙へ雨草の葉を描くと、灯は笑った。店先の鉢には朝の水滴が残り、風に揺れるたび陶器へ小さく落ちる。病室から戻った妻が最初に店へ立つ日まで、邦彦は十二の鉢の名を一つずつ覚えることにした。
青い湯呑みが売れた棚には一つ分の隙間ができた。邦彦はそこへ雨草の鉢を一日だけ置く。白い花と陶器の湿った土が、空いた場所へよく馴染んだ。