返さなくていい水
流民原では、水にも借用証がついた。
領主の給水車から壺を満たすたび、木札へ一本傷を刻まれる。収穫後に麦で返せなければ、翌年は畑を一列取り上げられた。
故郷を失った人々は、水を飲むたび、また何かを失った。
流民のまとめ役になったユノは、丘の低みに葦が群れているのを見つけた。
試しに掘ると、湿った土が出る。
「ここに井戸を掘ります」
歓声は上がらなかった。
皆、次に来る条件を待った。
ユノは板へ三つだけ書いた。
水は貸さない。だから返さなくてよい。
維持費は収穫のあった家だけ、十日に穀物一杯。
集めた穀物と使い道は、共同倉の入口に置く透明な壺で見せる。
「井戸を掘った者の取り分は」
片腕の男が聞く。
「先に飲めるわけでも、多く飲めるわけでもありません」
「では、なぜ働く」
ユノは自分の木札を折った。
「来年の自分が、水を借りなくていいように」
その日、穴を掘ったのはユノ一人だった。
二日目、片腕の男が土を運び始めた。三日目には、老婆が掘り手の服を洗った。子どもは小石を拾い、元大工は壊れた荷車から滑車を作った。
労働の量は数えなかった。数えれば、また水が借りになる気がしたからだ。
代わりに、必要な仕事だけを板から一つずつ消した。
井戸枠。
縄。
蓋。
排水溝。
最後に残った「水」が消えたのは、十一日目だった。
湿った土の底から、薄い膜のように水が広がった。
皆が黙って見守るうち、膜は深さを持ち、桶を浮かべるほどになる。
ユノは最初の一杯を、最も古い借用札を持つ老婆へ渡した。
老婆は水を飲み、腰の袋を探った。
癖になっていた。支払いの札を出そうとしたのだ。
だがユノが首を振ると、老婆の手は途中で止まった。
「本当に、返さなくていいのかい」
「飲んだ水は、返せませんから」
老婆はしばらく杯を見つめ、残りを隣の子どもへ渡した。
木札には傷が増えない。
畑も減らない。
ただ喉の渇きだけが減った。
夕暮れ、折った借用札が井戸の焚きつけに使われた。
小さな火の向こうで、新しい水面が赤く揺れる。
その夜、流民原で初めて、誰も明日の水の勘定をせずに眠った。