返却口で別れる

鞍馬口叡二は毎朝、恋人の央莉と身体の充電率を見せ合う。叡二は本体に心臓疾患があり、央莉は事故で四肢を失っている。二人は共同恋愛プランで健康な身体を一体ずつ借り、同じ部屋で暮らしていた。

契約代表者は叡二だった。

共同プランでは、交際終了の申請が受理されると、扶養利用者の身体を即時返却する。引き延ばしや身体の持ち逃げを防ぐため、理由も本人確認も不要。それが規則だった。

ある朝、叡二の端末に申請完了通知が届いた。

《交際終了を受理しました》

《扶養利用者・央莉の身体を返却します》

「俺、申請してない」

央莉は台所でコーヒーを淹れていた。通知を見て、顔色を変える。

叡二は履歴を開いた。昨夜二時十三分、自分の端末から送信されている。眠る前、同僚へ貸した遠隔操作権が残っていた。悪ふざけか、誤操作か。取消ボタンはない。

《返却まで 05:00》

「サポートに電話して」

央莉はカップを置く。指先が震える。

叡二が再契約を押すと、審査には四十八時間かかると表示された。

「本体に戻るだけだよ」

央莉は笑おうとした。

彼女の本体は、声帯も横隔膜も補助装置なしでは動かない。現在の貸出身体から戻れば、鎮静状態になり、会話もできない。

残り三分。

二人は返却センターへ走った。契約代表者が現場で異議を述べれば、記録だけは残せる。

受付の透明箱が、央莉の身体番号を読み取る。

「この申請は無効です。俺は別れたくない」

《交際終了は契約代表者の端末から送信されています》

「本人がここで否定してる」

《送信時点の意思を優先します》

央莉が叡二の手を握った。

「ねえ、私が戻ったあとも、毎日来てくれる?」

「戻させない」

《00:10》

叡二は央莉を抱きしめた。借り物の心臓同士が速く打つ。

ゼロ。

央莉の腕から力が抜ける。瞳が閉じ、身体は返却箱へ立ったまま固定された。

叡二の端末に新しい案内が出た。

《空き身体が一体発生しました》

《新しい扶養利用者を登録しますか》

その身体は、五分前まで央莉だった。

受付係が消毒を始める。頬に触れ、口を開き、次の利用者のために髪を整える。

叡二は箱を叩いた。

保管施設から央莉の本体状態が届く。

《鎮静復帰》

《面会には医療扶養契約が必要です》

共同恋愛プランは終了しているため、叡二には申請資格がなかった。

別れたのは端末の一回だけだった。

それでも、彼女の身体も、声も、面会する権利も、すべてその一回に従った。