返却日が先の本

 読書感想文コンクールの表彰式で、近江谷祐里は霧生小町の文章を読んだ。

 題名も、冒頭の一文も同じだった。

《この物語で最初に扉を閉めたのは、登場人物ではなく読者だ。》

 小町が図書室で何日も書き直した文章だ。祐里は以前、その下書きを取り上げ、教室で読み上げて笑った。

「こんな暗い感想、誰も選ばないよ」

 破られた紙は返ってこなかった。ところが壇上の祐里は、その続きまで自分の考えとして滑らかに話している。

 司会者が最優秀賞の盾を渡そうとしたとき、審査委員の一人が手を上げた。

「受賞者へ確認したいことがあります。三段落目で使った《返却日が先に来る》という表現は、どういう意味ですか」

 祐里は一瞬黙り、「本を早く返したという意味です」と答えた。

 会場の後方で、図書司書が小さく首を振った。

 小町が読んだのは、余命を知った主人公が、借りた本の返却日より先に亡くなる物語だった。だから返却日が「先に来る」のではない。自分が返却日に届かない。その怖さについて書いた一文だった。

 小町は、破られた下書きの続きを記憶だけで書き直し、同じ言葉に戻らないよう何度も削った。だから提出稿には、祐里が盗んだ紙にはない最終段落がある。壇上の朗読ではその段落だけ不自然に省かれていた。

 審査委員は、学校から提出された執筆履歴をスクリーンへ出した。コンクールでは生成文や盗用を防ぐため、指定の文書システムで下書きから保存する。

《作成者 霧生小町》

 四十七回の修正履歴。最初の一文は提出三週間前に書かれている。

 一方、祐里のファイルは締切前日の一回だけ。本文をまとめて貼り付けた記録があり、文書情報には、破られた紙を撮影した画像も残っていた。

「小町が私の真似をしたんです」

 祐里が言う。

 司書が貸出記録を示した。課題図書を借りたのは小町だけで、祐里は一度も開いていない。さらに図書室の閲覧席映像には、小町の下書きを祐里が持ち去る場面が映っていた。

 校長が祐里の手から盾を受け取った。

「盗用作品の受賞は取り消します」

 審査委員は壇上から小町を呼んだ。

「最優秀賞の本来の受賞者、霧生小町さん。あなたの言葉を、あなたの名前で受け取ってください」