迷宮に一本道を引く

異界から召喚された日の夕方、椎葉航が受けた登録試験は、ギルド地下の新人迷宮だった。

制限時間は一時間。三階の箱から木札を持ち帰れば合格。魔力灯へ手を置いた航の数値はゼロで、案内役は入口の扉を開けながら肩をすくめた。

「魔力ゼロ。最初の角で迷って、白骨にならないようにな」

迷宮は毎日形を変える。壁には方向感覚を狂わせる術があり、地図も羅針盤も使えない。救助用の紐さえ途中で輪になり、毎年数人の受験者が行方不明になる。前の受験者は三十分たっても同じ階段を往復していた。

航の視界には、細い白線と能力名が見えていた。

《直通路》

指定した二点の間へ、最も短い通行可能な道を一度だけ成立させる。

出口を指定すれば、すぐ戻れる。だが木札の場所は分からない。

航は迷宮へ入らず、入口脇の古い案内板を見た。最下部に削り消された文字がある。

――第零階、創設者の間。到達者なし。

その文字の上には、何度も削った跡があった。存在を知られたくない誰かがいる、と航は感じた。

「ここから、迷宮が隠している一番大切な場所まで」

《直通路》を使う。

白線が床へ落ちた。

石壁が左右へ身を引き、階段が折り畳まれ、三階までしかないはずの迷宮が地底深くへ伸びる。罠は自ら蓋を閉じ、徘徊していた魔物は道の外へ整列した。一本のまっすぐな回廊が、入口から闇の奥まで貫く。

その先で、巨大な扉が開いた。

第零階には木札ではなく、失われた初代ギルド本部が眠っていた。山ほどの未発見遺物、歴代冒険者の原本台帳、そして世界迷宮の核を示す星図。中央の椅子には、二百年前に行方不明となった創設者が、時間停止の中で座っている。

航が白線の上へ一歩踏み出すと、停止が解けた。

創設者は目を開け、入口に集まる試験官たちを見渡した。それから航へ視線を移し、ゆっくり立ち上がる。

「ようやく、ここへ最短で来る者が現れたか」

一時間の砂時計は、まだ一粒も落ちていない。

迷子になると笑った案内役は、世界で唯一の一本道を塞がぬよう、壁際へ身を寄せていた。