迷宮に刺した帰り道

地下迷宮の最深部で、転移門が消えた。

探索隊は宝箱を開けていない。罠にも触れていない。ただ案内役のオルクスが追放された直後、隊長が「地図など覚えた」と進路を変え、帰路を失ったのだ。

水は残り半日。負傷者が二人。隊長の地図には豪華な宝箱の位置だけが増え、休憩所も崩落箇所も記されていなかった。松明は残り三本で、遠くから魔物の爪音が近づいている。

隊長はようやく、遠巻きについてきたオルクスへ頭を下げた。

「頼む。戻してくれ」

「契約は入口で切れました」

そう答えながらも、彼は負傷者を見捨てなかった。初心者案内人の昇格報酬として持っていた、確定SSRガチャを一度だけ回す。

出たのは、赤い頭の短い杭。

《帰路標》

地面へ打つと、持ち主が安全に通った道だけを一本につなぐ。

オルクスは杭を床へ刺した。

赤い線が走る。

それは隊長の選んだ近道ではなく、オルクスが前日に下見した安全路を逆向きに辿った。崩れた階段の手前では、昨日オルクスが確認した保守通路の壁を開く。毒沼の上では過去に置いた足場だけを光らせ、天井から酸が落ちる場所では安全な三秒間を赤い点滅で知らせた。魔物の巣は避け、休憩可能な小部屋をすべて通った。

「線から一歩も出るな。負傷者を中央に」

元仲間たちは黙って従った。途中、隊長が宝箱へ手を伸ばすと、赤い線が足元で消えかける。

「命と箱、どちらを案内すればいい」

「命だ」

今度の返事に迷いはなかった。

途中で水を均等に分け、負傷者の担架を一時間ごとに交代した。六時間後、地上の風が顔を撫でた。救護班が駆け寄り、負傷者を担架へ移す。誰一人、荷物より先に宝箱の話をしなかった。隊長は改めて契約書を差し出した。

「戻ってくれ。報酬は倍にする」

オルクスは受け取らず、新しくできた救助隊の腕章を巻いた。

「探索の案内は終わりです。これからは、帰れない人を迎えに行く」

帰路標が入口で砕け、赤い光が空へ昇る。

《SSR〈帰路標〉――未踏最深層からの全員生還、初回記録を認定》