運命戦のあと
最後の一枚を、杏奈と頼久は同時に払った。
乾いた音がして、札は畳を滑り、部室の戸に当たった。
「私」
「俺」
「指一本ぶん私が早い」
「その指、俺の手の上だった」
「じゃあ私の手が上」
「競技かるたは高さを競わない」
三年生最後の部内戦は、運命戦までもつれた。
自陣に一枚、相手陣に一枚。読まれたほうを取れば勝ち。読まれないほうなら、相手の勝ち。何百枚覚えても、最後は運に見える二分の一になる。
読まれたのは、頼久の陣の札だった。
二人の手は、確かにほぼ同時だった。
後輩はもう帰っている。審判はいない。録画もしていない。窓の外では野球部がグラウンド整備を終え、校内に戸締まりの放送が流れ始めた。
「もう一回やる?」
杏奈が札を拾う。
「運命戦だけ?」
「二枚並べて」
「それ、反射神経ゲームじゃん」
「負けるの怖い?」
「三年間で一番言われたくない相手に言われた」
二人は一年の大会から勝ったり負けたりしてきた。
杏奈は暗記が速い。頼久は払いが鋭い。杏奈が一字決まりを取れば、頼久は長い札で待ち勝つ。大会の団体戦では背中を預け、個人戦では隣の畳で相手の負けを願った。
最後まで、どちらが上か決まらなかった。
「じゃんけんで決める?」と頼久。
「競技人生への侮辱」
「顧問に電話」
「絶対『二人とも勝ちでいい』って言う」
「それが一番嫌だな」
杏奈は二枚の札を見た。
一枚には、何度も練習で読まれた歌。もう一枚には、二人が最初の大会で同時にお手つきした歌がある。
「勝ったことにしたい?」
頼久が訊いた。
「したい」
「俺も」
「でも、負けたことにもしたくない」
「それも同じ」
杏奈は少し考え、部誌の最終頁を開いた。
対戦記録の欄に、日付と名前を書く。
杏奈 対 頼久。
勝者の欄だけ空けた。
「未記入は顧問に怒られる」
「明日から部員じゃない」
「強い」
二枚の札は、重ねて封筒へ入れた。表に「三年最終戦・判定不能」と書き、部室の賞状棚へ置く。
「後輩、困るだろうな」
「議論してもらおう」
「伝統にする?」
「毎年、最後は同時に取るの?」
「難易度高いな」
二人で笑い、畳を上げた。
勝敗が決まらないまま最後の部活動は終わった。
けれど杏奈にとって、あの一枚は今も読まれ続けている。記憶の中で手を伸ばすたび、頼久の指が同じ速さで、隣から飛んでくる。