配送完了の白い花

披露宴開始まで十分。井ノ原岳史は、白いアネモネの花束を抱えて宴会場の裏口に立っていた。

勤め先の花店で注文票を見た瞬間、配達を代わってもらうべきだった。届け先の花嫁は若林真帆。三年前まで付き合っていた相手だ。

注文の備考には、〈以前キャンセルされたものと同じ花を〉とある。冷蔵庫から出したばかりの茎には水滴が残り、岳史の掌だけが不自然に熱かった。

三年前の誕生日、岳史はこの花束を持って真帆へプロポーズするつもりだった。待ち合わせの一時間前、彼女から〈今日は来なくていい〉と届いた。岳史は花をキャンセルし、その夜に別れを告げた。

真帆が裏口へ来る。花を見た途端、足を止めた。

「どうしてあなたが」

「注文したのは新郎だ」

そこへ新郎が現れ、古い注文票のコピーを見せた。真帆の本に挟まっていたものを見つけ、同じ花を頼んだという。

「彼女は、受け取れなかった花の話をしてくれました」

「受け取るなと言ったのは彼女だ」

岳史がスマートフォンで当時の画面を開くと、店の業務端末が震えた。古い顧客データの移行通知だった。キャンセル注文に、未連携メッセージが一件ある。

〈電車が止まってるから。危ないので今日は来なくていい。明日、花ごと来て〉

後半二文は、通信障害で岳史の端末へ届かないまま、花店の予約システムにだけ保存されていた。

真帆が口元を押さえた。

「翌日、待ってた。花をキャンセルした通知だけ来たから、答えだと思った」

「俺は、断られたと思った」

三年間、二人は同じ花束を、拒絶の証拠として覚えていた。

新郎は岳史から花を奪わず、静かに言った。

「この花を、僕から渡してもいいですか。過去を塗り替えるためじゃなく、受け取れなかったものを受け取ってから始めたいと彼女が言ったので」

岳史は花束を見た。白い花びらは、誰のものでもない。

持ち手を新郎へ渡し、注文票の受領欄に署名をもらった。真帆が何か言う前に、配達アプリの〈配送完了〉を押し、空になった保冷箱を抱えて搬入口を出た。