里親適性、測定不能
矢萩灯子は、里親適性検査で二度落ちた。
子どもの写真や泣き声への愛情反応が基準に届かなかった。喜び二十四、保護欲三十一、共感四十。審査官は「悪い人という意味ではありません」と丁寧に言った。
灯子は、幼いころ泣けば叱られる家で育った。誰かが泣くと、慰めたいより先に身体が固まる。愛情を示そうとすると、何を要求されるか警戒してしまう。その癖をAIは見逃さなかった。
諦めきれず、児童養護施設の学習ボランティアを始めた。
十一歳の蒼汰は、感情採点を嫌っていた。養子縁組の面会では笑顔を求められ、候補家庭への好意が低いと「心を開く練習」をさせられた。灯子は勉強だけ教え、将来の話をしなかった。
「僕が泣いても、抱きしめないの」
ある日、蒼汰が聞いた。
「抱きしめてほしい?」
「分かんない」
「分かってからでいいよ」
二人の親密度はいつも低かった。それでも蒼汰は、灯子のいる曜日だけ欠席しなかった。
施設は別の夫婦との養子縁組を進めた。適性点九十二の、よく笑う二人だった。だが蒼汰は面会のたび体調を崩した。灯子との関係を尋ねられても、好きとは言わなかった。
「この人は、僕を好きにさせようとしない」
それは制度上、家族希望の表明にならなかった。
灯子は結局、里親にはなれなかった。蒼汰も養子縁組を断り続け、十八歳で施設を出た。
退所の日、彼は小さな鞄を持って灯子のアパートへ来た。
「住民票を置かせて。家賃は払う」
「部屋、狭いよ」
「知ってる」
二人は同居契約を結び、冷蔵庫の棚と掃除当番を決めた。灯子は保護者を名乗らず、蒼汰も母とは呼ばなかった。役所の続柄欄には「同居人」と書いた。それで困る場面は多かったが、訂正したいとは思わなかった。
初日の夕食で、蒼汰は味噌汁を飲みながら泣いた。
灯子は身体が固まるのを待ってから、尋ねた。
「隣にいていい?」
蒼汰はうなずいた。
卓上端末は二人の関係を何度測っても〈測定不能〉とした。
二人はそれを、家族の呼び名にした。