鍛冶場に槌音はいらない

朔平は、地下兵器廠で槌を振るっていた。

革の制服は火の粉で穴だらけになり、右肩だけが硬く盛り上がっている。注文が遅れれば夜勤、炉が割れれば泊まり込み、手を止めるのは水を飲む三息だけだった。

山村で見つけた古い鍛冶店は、炉壁が崩れ、煙突に穴が開いていた。朔平は修理してから暮らそうと思ったが、最初の夜、店の鉄床が低く鳴った。

床へ散った煉瓦が一つずつ跳ね、炉へ戻る。煙突の穴には鉄粉が集まり、赤熱して継ぎ目を塞ぐ。翌朝には、槌打ち人形が村人の注文札を読み、鍬や包丁を決められた形へ仕上げていた。

朔平が登録したのは、危険の少ない日用品だけだ。代金は自動箱が材料費と税を分け、残りを彼へ送る。

《標準品十一点、納品完了。生活費十日分》

そこへ兵器廠の黒い通信板が点灯した。

『国境向け剣千本、納期前倒し。熟練工が足りない。即時復帰せよ』

「断る」

『お前の槌なら間に合う』

「俺の肩は、もう間に合わせるための部品じゃない」

『村の鍬など打って満足か』

朔平は店内を見回した。人形が最後の包丁を布へ包み、代金箱が静かに閉じる。屋根から火の粉が落ちたが、床の鉄紋が吸い込み、焦げ跡まで消した。

「鍬も打っていない。店が打つ。俺は暮らしている」

『働かずに恥ずかしくないのか』

「働かない日を守れなかった昔のほうが、今は悔しい」

通信板の電源を抜き、穴だらけの制服を炉へ入れる。炎は一瞬だけ高くなり、灰になった。

札を見た農夫が、欠けた鎌を受取箱へ入れた。「収穫は来週だ。三日でいい」と言う。槌打ち人形は納期を四日後と表示した。農夫は「なら四日待つ」と笑い、代金を置いて帰った。兵器廠では一日短くするために誰かの夜が消えた。村では一日延ばすだけで、誰の身体も壊れない。炉壁の小さな亀裂が赤い光を集めて閉じるのを眺め、朔平は、自分の肩にも同じ時間を与えてよいのだと思った。

朔平は店先に〈急ぎ仕事は受けません〉と掲げた。それから湯屋の木札を手に取り、まだ明るい山道をゆっくり下った。今日は槌ではなく、湯桶だけを持つ。