鏡を見ない髪の妖精
美容室で、母は子どもの髪型を細かく注文した。
「耳は隠して」
「前髪は目に入らないように」
「短くしすぎないで」
椅子に座る子どもは一言も話さない。
切った髪を掃くと、床から小さな妖精が現れた。
黒い髪を外套のようにまとい、櫛へ腰かける。
「本人が頼んだ髪でなければ、巣を作れない」
髪の妖精は、鏡に映る本人の希望から切られた髪しか使えないらしい。
美容師は手を止め、子どもへ尋ねた。
「どうしたい?」
母が代わりに、
「この子は分からないので」
と答える。
妖精は欠伸をし、切った髪を捨てた。
子どもは鏡を見ず、
「短くしたい」
と小さく言った。
「どのくらい?」
「耳が全部出るくらい」
母の顔が固くなった。
親戚の集まりが近い。
以前、短くした写真を見て「男の子みたい」と笑われ、子どもが何日も落ち込んだことがある。
母は守るつもりで、無難な髪へ戻そうとしていた。
「また何か言われるよ」
「言われるのは私」
「傷つくでしょう」
「長いままでも傷ついてる」
美容師は、どちらが正しいとも言わなかった。
短くした場合の手入れと、伸びるまでの時間を説明した。
子どもはもう一度、
「短くしてください」
と頼んだ。
母は同意書へ署名するような顔でうなずいた。
髪が床へ落ちるたび、妖精は嬉しそうに束ねた。
耳が現れ、首筋が軽くなる。
子どもはようやく鏡を見た。
笑わなかったが、肩が下がった。
妖精は切った髪で小さな巣を作り、鏡の裏へ潜り込んだ。
「もてなし、ありがとう」
「私は何もしてない」
母が言う。
妖精は顔を出した。
「決めなかった。それが今日のもてなし」
親戚の集まりでは、予想どおり余計な言葉を言われた。
母は先回りして笑わず、
「本人が選びました」
とだけ答えた。
子どもも、
「気に入ってます」
と続けた。
数か月後、髪は伸びた。
同じ長さへ整えるか、さらに短くするか、子どもは迷った。
母は美容師へ注文せず、隣の椅子で待った。
鏡の裏から、妖精の小さなくしゃみが聞こえた。
髪型を決めることより、決める人の声が聞こえる場所を空けることの方が、長く続くもてなしだった。