雨のコンビニで変身が解ける

荻原羽純は、イベント帰りに変身を解ききれなかった。

更衣室の終了時刻を勘違いし、紫のウィッグの上から帽子をかぶり、銀の胸当てだけ外してロングコートへ押し込んだ。頬には星形のラメが残り、耳には透明な飾りが揺れている。鏡を見る暇もなく会場を出たため、どこまで日常へ戻れていないのか自分でも分からなかった。

駅前のコンビニで雨宿りをしていると、コピー機の前に会社の後輩、阿南がいた。月曜には同じ企画書を直す相手で、羽純が「休日は家事をしていました」と答えるたび、素直にうなずく人だった。

羽純は傘売り場の陰へ隠れた。平日の自分は、企画会議でほとんど発言せず、昼食も一人で取る。今の姿を見られたら、月曜から何と呼ばれるか分からない。

帽子の中でピンが外れた。

紫の髪が肩へ落ち、阿南が振り向いた。

目が合った。

阿南は驚いた顔をしたが、近づいてこなかった。傘を二本買い、一本を羽純から少し離れた棚へ置く。

「外、強いです。これ、余分に買ってしまったので」

会社の名前も、キャラクター名も口にしなかった。

羽純は傘を取った。

レジの明かりの下で、羽純は帽子を押さえた。

「見ましたよね」

「見えました」

「何の格好か、分かります?」

阿南は一瞬考えた。

「それは、答えていい質問ですか」

その慎重さに、羽純は肩の力が抜けた。

イベント会場では写真を頼まれることに慣れているのに、会社の人に見つかっただけで、名前も写真も奪われたように感じていた。知られたことではなく、自分より先に説明されることが怖かったのだ。けれど阿南は、見えたものを勝手に自分の話へしなかった。

「銀河司祭ルーシャです」

羽純は自分から帽子を取った。

「今日、初めて出しました」

阿南の顔が明るくなる。

「姉が好きな作品です。写真を見せてもらうのは、また今度でも?」

「月曜に。私が選んだものを」

店を出ると、雨粒が透明傘を細かく鳴らした。

羽純は紫の髪を隠さず、阿南と並んで駅へ向かった。濡れた歩道のガラス窓に、会社員のコートと司祭の髪が一つの影として映っていた。