雨の足型

白瀬湊斗鑑識主任は、石膏型の溝から青い糸を抜いた。

殺人現場の泥に残った靴跡を固めた証拠品。土岐野渉の作業靴と一致し、今夜の会見で決定的証拠として公開される。だが青い糸は、現場の土ではなく県警車庫の床に敷かれた養生シートの繊維だった。

「運搬中に付いたんだろう」

長門修一郎捜査本部長が、会見用パネルをめくりながら言った。

「一致率は十分だ。説明は変えない」

「石膏の底まで入り込んでいます。固まる前に混ざったものです」

「だから何だ」

「この型は現場で作られていません」

湊斗は採取時の写真を机へ置いた。雨の中で固めた本物の石膏型には、小さな貝殻片と黒い砂が付着していた。河口近くの現場特有の土だ。今ある型は白く乾き、貝殻も砂もない。代わりに青い繊維と、車庫で使う速乾剤の成分が出ている。

長門は声を落とした。

「土岐野は被害者を脅していた。靴も同じ型だ。現場採取に失敗したから、比較用に取り直しただけだ」

「容疑者の靴を泥へ押して、現場型として袋へ入れたんですね」

「言い方を選べ。会見は十五分後だ」

扉の外では広報担当が記者席を数えている。事件は三か月進展せず、県警は批判を浴びていた。長門が会見で靴跡を示せば、捜査本部は救われる。湊斗が止めれば、自分が型取りに失敗した責任を負わされるだろう。

彼は石膏型の裏面を見た。自分が現場で書いた採取番号は削られ、上から同じ文字がなぞられている。削り跡の下に、別の番号が残っていた。車庫で作った比較試料の管理番号だった。

「本物の型はどこです」

「崩れて廃棄した」

「廃棄記録がありません」

「白瀬。正義は証拠の形じゃない。犯人を止めることだ」

湊斗は窓を打つ雨を見た。形を替えた証拠で犯人を決めれば、止める相手まで警察が選べる。

彼は会見用パネルから『現場足型』の写真を外した。石膏型、青い糸、採取時画像、削られた番号を緊急報告へ添付する。

長門が会見場へ向かう扉を開けたとき、湊斗は館内放送のマイクを取った。

「広報室へ。会見を中止してください。証拠品すり替えの疑いを報告します」