雨樋の下の木樽

イリスは王都で、数字だけを見て暮らしていた。

税収、収穫量、徴発数。帳簿の端数まで合わせても、飢饉の村へ税を戻そうと提案した途端、「情に流される会計官」と罷免された。退職金の代わりに渡された辺境の農地には、畑より先に、傾いた廃屋が立っていた。

到着した日の午後、雨が降った。

屋根から落ちた水は壁を濡らし、土台の周りを泥に変えている。壊れた雨樋が、雨水を家へ向けて注いでいた。

イリスは荷を解く前に算盤を出した。屋根の長さ、雨量、樽の容量。数字は人を飢えさせる命令にもなるが、水を一滴も無駄にしない道具にもなる。

今日直すのは、南側の雨樋一本だけ。

樽の底には去年の土が固まっていた。イリスは雨の中でそれを掻き出し、板の隙間へ樹脂を塗った。集める仕組みだけ直しても、受ける器から漏れれば数字は増えない。それは国庫も暮らしも同じだった。

曲がった金具を石で叩いて戻し、穴の空いた部分へ白樺の皮を巻く。樋の傾きを糸と小石で測り、指一本ぶんずつ下げていく。最後に出口を壁から離し、大きな木樽へ向けた。

樋の端へ小枝を流してみる。途中で止まった箇所は金具を半寸上げた。帳簿では一桁のずれが国を揺らす。雨樋では指一本の傾きが、家を濡らすか畑を潤すかを決める。

雨脚が強くなった。

最初の一滴が樋を走る。次に細い流れとなり、やがて樽の底を、とん、とん、と規則正しく叩き始めた。家の土台へ落ちる水はもうない。

イリスは軒下でその音を数えた。百滴を越えたところでやめた。ここでは徴税官へ報告する必要がない。貯まった分は、明日、自分の畑へ使える。

夕食は、乾燥麦と野蒜を煮ただけの粥だった。けれど蓋を開けると、青い香りを含んだ湯気が立ち、雨で冷えた指を温めた。

王都会計院の使者が、防水袋に入れた書状を持って来た。

「国庫に大きな不一致が見つかりました。長官は、あなたなら一晩で原因を出せると」

イリスは袋ごと書状を棚へ置いた。

「一晩では無理です。今夜は食べますから」

使者が目を丸くする間にも、樽の水位は着実に上がる。王都では消えていく数字ばかり追っていた。ここでは増える水を見ていられる。

イリスは粥を一口すすり、雨樋が奏でる正しい勘定を聞いた。