雪原の帰路
二十四年前、二人の大学生は吹雪の稜線で消えた。
山岳警備隊の城間朔は、閉鎖される避難小屋で一度だけ現場再検証を許された。同行者は隊長の鯨井堂彰。事件当時、最初の捜索班を率いた男である。
朔は古い床板を外し、隙間からアルミ製の笛を取り出した。失踪した学生の一人が持っていたものと同型。表面には黒い煤がついている。
「なぜ捜索済みの小屋から出るんです」
鯨井堂は窓の外の雪を見た。
「誰かが後で落とした」
「床板は二十四年間、釘が抜かれていません」
朔は当時の写真を広げた。小屋のストーブ脇に、濡れた警察用スキーが二組写っている。公式記録では、警備隊が小屋へ到着したのは翌朝。だが写真の撮影時刻は失踪当日の夜だった。
鯨井堂は長く黙った。
「二人を見つけた。一人は転落して死んでいた。もう一人は生きていた」
「なぜ救助記録がない」
「生きていたほうが言った。追ってきたのは警官だと」
学生たちは、山中で行われていた拳銃の不正試射を偶然撮影した。当時の幹部が、弾薬横流しの証拠を消すため追跡したという。
「保護すれば県警が崩れる。上から待機命令が出た。吹雪が弱まるまで、と」
「その間に死んだ」
鯨井堂は頷いた。
「私は小屋の無線を切り、笛をストーブへ投げた。燃えずに落ちたんだろう」
笛には噛み跡が残っていた。最後まで助けを呼び続けた歯の形だった。
壁の無線機が鳴った。本部から、検証終了を命じる声。今すぐ下山すれば、報告は「遺留品の身元不明」で処理される。逆らえば、朔が所属する隊の過去の救助記録まで疑われ、仲間全員が調査対象になる。
鯨井堂が言った。
「山では、一人を助けようとして隊が全滅することがある。警察も同じだ」
朔は笛を証拠袋へ入れた。煤を拭わず、床板の釘穴と当時写真の時刻を撮る。無線機の送信先を隊本部から、県警外部の事故調査委員会へ切り替えた。
鯨井堂が手を伸ばす。
朔は「生存者発見後の救助放棄を自認」とだけ報告し、笛の写真を添えて送信した。