雲上鉄鉱の釣り人

シグの島は、空を流れている。

雲海に浮かぶ小さな岩島で、住人は彼一人。島の下腹には軽鉄鉱があり、風車につながれた翼つき錐が雲の流れだけで回転する。削られた鉱石は磁石籠へ吸い上げられ、自動精錬炉で薄い板になり、週に一度来る交易飛行船へ積まれる。

シグが風車を回す必要はない。風の仕事だからだ。

無風の日は一枚も採れない。それでも貯えは減らず、翌週にはまた風が吹く。空軍では許されなかった遅延を、空そのものが平然と選ぶ。そのたびシグは少し安心した。

空軍整備隊にいたころ、彼は風より休まなかった。青い制服の胸には油が染み、袖口は回転翼に擦られて短くなっている。夜間警報が鳴れば仮眠台から跳び起き、故障がなくても点検表を埋めた。除隊したのに、通信眼鏡の隅には緊急整備の未読印が点滅し続けている。

今朝、シグは眼鏡を裏返し、島の端で竿を組み立てていた。

雲海魚は、風の薄い日にしか釣れない。仕事なら「待つ」は無駄と叱られたが、釣りでは待つことが一番大事だ。

風車の会計羽根がくるりと回った。

《軽鉄板四枚、引渡し完了。水樽・食料・燃料、四十日分を受領》

金貨袋は薄い。だが四十日、何者にも起こされずに済む厚みがある。

通信眼鏡が強制起動し、元整備長レマークの顔を映した。

『試験飛行が止まった。左翼の異音を聞き分けられるのはお前だけだ。迎えを出す』

「着陸許可を出しません」

『命令だぞ』

「退役者の島に、あなたの命令は届きません」

『空が好きだっただろう』

シグは雲海を見た。仕事場の空は、機体の腹と警報灯で切り取られていた。ここでは端まで青い。

「だから、あなたの格納庫を辞めたんです」

通信眼鏡から隊章の留め具を外すと、強制回線が消えた。眼鏡はただ遠くを見るための道具に戻る。

交易船も去り、風車の錐もゆっくり止まった。風が休めば、採掘も休む。それで収入が一日遅れても、何も困らない。

シグは雲の下へ針を垂らした。

今日釣れなくてもいいという自由まで、彼のものだった。