青い片靴の遺失物係

十三階で見つかった遺失物は、同じ日に別の物を失った者だけが受け取れる。

価値は問わない。ただし、故意に捨てた物は「失った」に含まれない。紛失届の時刻が、受取申請より前であること。片方しかない靴は一個、結婚指輪も一個として数える。

駅の遺失物係をしている志岐原温は、青い片靴を三年間預かっていた。

妻が失踪した日に履いていた靴と同じだった。低い踵、内側の擦れ、雨染みの形まで一致する。もう片方は自宅の玄関に残っている。妻は靴を脱ぐと必ず左右を揃えたのに、あの日だけ片方を外向きにしていた。志岐原は毎朝その向きを直さず、帰宅の目印のように残していた。けれど発見場所は、駅ビル十三階。志岐原は受取条件を満たしていなかった。

毎月十三日、保管期限が更新された。廃棄欄へ判を押しても、翌朝には青い靴が棚へ戻っている。同僚は「十三階物はそういうものです」と気にしない。

妻の捜索届が失効した日、志岐原は結婚指輪をなくした。

なくそうとしたのではない。ホームで手袋を外した拍子に、指輪が線路へ落ちた。電車が通過し、金色の輪は見えなくなった。紛失届を自分で書き、時刻を記録する。午後四時二分。

午後四時三分、青い片靴の受取申請を出した。

「失った物は指輪一個。受け取る物は靴一個。数は合っています」

同僚は規則どおり渡した。

帰宅して、玄関に残していた靴と並べた。左右は揃った。妻の足が今にも入るように、二足ではなく一足分の空間ができた。

志岐原は三年ぶりに靴の中へ手を入れた。

右の靴から、線路へ落ちたはずの結婚指輪が出てきた。輪は潰れておらず、濡れてもいない。内側の刻印だけが変わり、妻の名前の代わりに《拾得場所・十三階》とある。

規則上、指輪は発見された。すると青い靴を受け取る条件だった「同じ日に失った物」がなくなる。

翌朝、志岐原が目を覚ますと、玄関から靴が消えていた。

廊下には青い足跡が十三個続き、最後の一歩だけが天井についていた。足跡の中央で、結婚指輪が小さな駅員帽のように転がり、誰もいない改札へ向けてカチカチと鋏を鳴らしていた。