青い脚光の請求書
王立劇場の記念公演、その幕間で、マクシム伯爵令息は客席へ向かって叫んだ。
「舞台改修費のうち千金貨を、婚約者コルネリアが横領した。衣装代へ付け替え、自分の宝飾品を買ったのだ。ゆえに婚約を破棄する」
役者より大きな身振りだった。客席は芝居の続きを見るように息を呑む。
劇場の床が沈みかけたとき、改修を止めなかったのはコルネリアだった。装飾を減らし、役者の安全柵を優先したせいで、彼女は「華を嫌う悪役令嬢」と陰口を叩かれた。今夜、完成した舞台はその判断で立っているのに、観客は彼女の転落だけを待っていた。
コルネリアは舞台袖から一枚の請求書を持ってきた。照明係も役者も口を挟まない。彼女が望んだのは証言の合唱ではなく、一枚の紙による決着だった。
「こちらが、私の横領を示す唯一の書類ですね」
「そうだ。お前の名で金糸百巻を買っている」
「では、照明を落としてください」
劇場主侯爵デメトリオが指を鳴らすと、客席が暗くなった。彼は請求書を舞台中央の青い脚光へ差し出す。
王立劇場の用紙には、転売を防ぐため、支払人の紋章が金糸で一度だけ浮かぶ仕掛けがある。
紙の上に現れたのは、コルネリア家の花ではなかった。
剣を抱く狐――マクシム家の私印。
しかも購入品目は金糸ではなく、彼が愛人へ贈った金髪用の宝石冠と記されていた。
客席の沈黙は、失敗した役者に向けるものより重かった。
マクシムは汗を拭った。
「これは演出上の誤解だ。婚約破棄は撤回する。お前が黙れば、今夜の公演は成功のまま終わる」
コルネリアは小さく笑った。
「幕を下ろす時刻を決めるのは、嘘をついた主演ではございません」
彼女は婚約飾りを外し、請求書の上へ置いた。
「あなたとの芝居は、ここで終演です」
背を向けると、舞台中央でデメトリオが片手を差し出していた。次の公演の共同監督を求める、役者ではなく同業者への礼だった。
コルネリアは客席へ一礼し、自分で幕の向こうへ歩き出して、その手を取った。