音程バーは証言する

失踪した歌い手の最後の仮歌は、同じ音を七回だけ低く外していた。

音楽講師の久世芽衣は、公開検証会で再生画面を見つめた。教え子の碧羅は一か月前、講師宅での個人レッスン後に消えた。芽衣は「情緒が不安定だった」と説明し、参考として仮歌データを提出した。彼女は碧羅の保護者からも信頼され、捜索番組では涙を流して「才能を守れなかった」と語っていた。

歌詞欄には一つの指示が繰り返される。

「先生の通りに」

イントロは調律音。Aメロで碧羅は正確に歌い、七か所だけ半音下へ落ちる。芽衣は練習不足の癖だと笑った。だが音響鑑定人は、外れた音の長さが不自然だと言う。短い、長い、長い。七つを符号へ変えると、時刻と数字になった。さらに外れ幅を五線へ置くと、地下室へ下りる階段の段数と一致した。

「先生の通りに」

芽衣の顔色が変わる。検証会場では、仮歌と同時にレッスン室の環境音も流された。低く外れた瞬間だけ、自動補正が強く働き、その裏に隠れていた会話が浮かぶ。

〈契約を断るなら、動画を出す〉

〈もう来ません〉

〈先生の言う通り歌えば、何も起きない〉

芽衣は捏造だと叫んだ。ところがサビで、画面の音程バーが七本の縦線になり、レッスン室の電子錠の暗証番号を示した。検証会の開始と同時に令状を持った警察がその番号で講師宅の地下防音室を開けると、碧羅の荷物と、複数の生徒を隠し撮りした記録が見つかっていた。

最後の高音で、碧羅の声が急に安定する。彼女はわざと外していたのではない。芽衣が背後から喉を押さえ、音を下げさせていた。その瞬間の指圧と息詰まりを、音程バーが七回記録していた。

再生が終わる直前、会場後方の扉が開いた。保護された碧羅が、捜査員に付き添われて入ってくる。彼女は歌わず、芽衣を見て一言だけ告げた。

「先生の通りに」

従順に歌うという意味ではなかった。脅迫、監禁、暗証番号まで、先生がした通りを一音ずつ再現し、証言に変えたという宣告だった。