風呂上がりの木のベンチ

 青砥宗佑と柳生郁也は、月末の日曜に町の銭湯へ行く。

 幼稚園からの付き合いで、若い頃は居酒屋を何軒も回った。今は湯へ浸かり、脱衣所のベンチで飲み物を一本ずつ飲むだけで満足する。

「今日は熱かった」

 宗佑が濡れた髪をタオルで拭く。

「宗佑が長く入れなくなった」

「湯の温度が上がった」

「老いを設備のせいにするな」

 郁也は腰へ手を当て、瓶の珈琲牛乳を一口飲んだ。

 二人は木のベンチの端へ座った。

 扇風機が首を振り、石鹸と湯気の匂いを運ぶ。壁には近所の祭りのポスター、棚には籐の籠。何十年も大きく変わらない景色だった。

 宗佑は果物牛乳を選んだ。

「昔からそれだな」

「郁也は珈琲」

「大人の味だから」

「小学生から飲んでた」

「早熟」

 どうでもよい会話が、扇風機の風へ乗った。

 最近、郁也は定年後の再雇用を断った。

 宗佑は詳しい理由を聞いていない。

「月曜、何するの」

「日曜の続きをする」

「銭湯、月曜休み」

「じゃあ洗濯」

「現実的だな」

 郁也は笑い、瓶の底に残った甘い液を振った。

 宗佑も来年には会社を辞める。

 二人で何か始める話をしたこともある。小さな畑、古本屋、朝だけの喫茶店。どれも具体的には進んでいない。

「昔言ってた釣り、やる?」

「道具がいる」

「借りれば」

「朝が早い」

「じゃあ無理だ」

 予定が消えるたび、なぜか気が楽になった。

 瓶を返し、外へ出る。

 冬の風が湯上がりの頬へ当たり、二人とも同時に肩をすくめた。

 銭湯の煙突から白い湯気が上がっている。

「来月も?」

「月末なら」

「曜日、調べとく」

「そこまでしなくても、開いてる日に来ればいい」

 角の蕎麦屋から、出汁の香りが流れてきた。

 宗佑は腹が減ったが、誘わなかった。郁也も何も言わず、ただ店の前で少し歩調を落とした。

 結局二人は暖簾をくぐり、かけ蕎麦を一杯ずつ頼んだ。

 湯気の向こうで、また仕事のない月曜の話をした。

 答えは出なかった。

 けれど体には銭湯の熱、喉には蕎麦つゆの温かさが残り、先のことを決めない時間が、木のベンチのように静かに二人を支えていた。