風速計は嘘をつかない
地上四十階の建設現場で、オレンジ色の荷札が武井宗吾の操縦席へ届いた。
「風速は基準内だ。鉄骨を上げろ」
現場所長の無線は、前の人生と同じだった。
宗吾がクレーンを動かすと、突風で鉄骨が振れ、仮設足場を薙ぎ払った。弟分の作業員三人が落下。会社は風速記録を書き換え、契約社員の宗吾へ無理な操作をした責任を押しつけた。弟分たちの安全帯は切れたまま証拠倉庫から消え、遺族へは形式的な謝罪文一枚しか届かなかった。
裁判の後で知った。所長は風速計の上流へ透明な板を取り付け、数値を半分に見せていた。納期遅延の違約金を恐れたためだった。
二度目の操縦席で、宗吾はレバーから手を離す。
「吊りません」
「表示は八メートルだぞ!」
「本当は十七メートルです」
「証拠があるのか」
宗吾はオレンジ色の荷札を窓から放した。
紙片は真横へ飛び、上昇気流に巻かれて一瞬で見えなくなる。続いて予備の携帯風速計を窓外へ伸ばす。表示は十七・四。
宗吾は全作業員へ退避放送を入れ、吊り荷を地面へ戻した。高所に残る三人の名前を一人ずつ呼び、全員が避難階へ入ったことを返答させる。所長が操縦室へ駆け込み、勝手に主電源を入れようとする。
「一回だけ上げれば済む!」
「前は三人で済みませんでした」
宗吾は非常停止鍵を抜き、胸ポケットへ収めた。
その時、突風が現場を叩いた。
吊り上げるはずだった鉄骨の固定台がずれ、無人の作業床を横切る。さらにクレーン上部で、偽装板が風速計から剥がれ飛んだ。板の裏には所長の指紋と会社の備品番号が残っている。
誰も落ちなかった。
午後一時四分。前の人生で転落警報が鳴り響いた時刻、現場端末が一斉に振動する。
宗吾は目を閉じてから画面を見た。
《強風のため全工区停止。死傷者なし》
《安全停止を行った武井宗吾を、本日付で現場統括代理に任命》
下の階から、助かった作業員たちがヘルメットを掲げる。
無線の向こうで所長ではなく、弟分が言った。
「統括、再開の判断はあんたに任せます」