風鬣馬は宝石の轡を噛めない
王妃専用の風鬣馬アウラは、空を駆ける美しい王宮獣だった。
しかし戴冠巡行を前に、突然誰も背へ乗せなくなった。厩務官が近づくだけで翼を打ち、宝石の轡を噛ませようとすれば竜巻を起こす。
「王妃を拒む不忠の獣だ」
大臣たちは処分を求めた。
厩舎の床掃除をするフェルナは、飼葉桶の陰から様子を見ていた。アウラが頭を振るたび、右の口角だけ血がにじんでいる。しかも宝石の轡は、見栄えを優先して以前より一回り大きく作り直されていた。
厩務官が鞭を振り上げた時、フェルナはその腕をつかんだ。
「反抗ではありません。口の中が切れています」
下働きの分際で、と突き飛ばされる。だが王妃が「ならば確かめよ」と命じた。
フェルナは轡を持たず、林檎を薄く切って近づいた。アウラは翼を広げたが、彼女は正面に立たず、床へ座る。
「噛まなくていいように、柔らかくしました」
林檎を掌ではなく木皿へ置く。アウラは長い時間をかけて首を伸ばし、唇だけで一枚取った。左側で噛む。やはり右側を使わない。
フェルナが頬へ濡れ布を当てると、馬は一度身を引いた後、自分から戻ってきた。唇をめくれば、轡の宝石留めが折れ、鋭い爪が内側へ突き出している。
小鋏で革紐を切り、傷を薬草水で洗う。アウラは目を閉じ、長く息を吐いた。
翌日の巡行で、王妃は宝石の轡を捨て、柔らかな布綱だけを使った。アウラは風の階段を上り、王都の空を一周する。
帰還すると、風鬣馬は王妃ではなくフェルナの前に膝を折った。翼の付け根に契約印が現れ、彼女の肩へ同じ風紋が灯る。
王妃は宝石職人を罰するだけでなく、自分も痛みに気づけなかったとフェルナへ頭を下げた。そして巡行の衣装を一枚減らし、途中でアウラを休ませる時間を予定へ書き込ませる。空を速く飛べることより、明日も飛びたいと思えることを優先する――それが新しい王家の作法となった。
フェルナが座ると、アウラは長い顔を膝へ横たえた。鬣は春風を溜めた毛布のように温かく、空を支える頭の重さが、彼女の細い脚へゆっくり預けられた。