食堂裏の解毒鍋
マレナ・ヴィスの能力測定は、食堂の裏口で告げられた。
【調合適性:3】
薬学院のバルク・エドンは結果を見て笑い、彼女が運んでいた玉ねぎ籠へ空瓶を放り込んだ。
「鍋の味見でもしていろ。薬は舌ではなく理論で作るものだ」
マレナは食堂係だった。煮込みの湯気から傷んだ肉を見抜き、茶葉の渋みで眠り薬の混入に気づく。だが、彼女の方法は教本にない。香りや舌触りは、能力欄に書く項目がなかった。
公開測定で、バルクは解毒薬を調合した。銀の釜から甘い香りが立ち、観客は拍手する。
マレナだけが顔をしかめた。
「その香り、最後に苦くなります」
「黙れ」
試験用の毒花へ薬が注がれる。花は白く戻るはずだった。ところが茎が黒く膨らみ、毒の霧を吐き始めた。バルクは教本をめくるが、式は合っている。
マレナは食堂から小鍋を持ち込み、釜の上澄みをすくった。湯気を鼻先で受け、塩をひとつまみ落とす。泡の弾け方を見て、棚から酸味のある果皮を選んだ。
「材料は正しいです。でも、釜に前の薬の甘みが残っています」
果皮が沈むと、霧は吸い込まれ、毒花は静かにしぼんだ。講堂には、温かいスープのような香りだけが残る。
薬学院長は銀の釜を指でなぞり、薄い糖膜を見つけた。前日にバルクが作った滋養薬を洗い残したものだ。教本通りの材料は、その甘みと反応して毒へ変わっていた。
「器具の状態まで式へ入れなかったのか」
問われたバルクは、洗浄は下働きの仕事だと言い返した。
マレナは小鍋の縁についた泡を布で拭う。
「鍋は、前に入っていたものを覚えています。人が忘れても」
食堂の調理人たちは頷いた。彼女は焦げた匂いだけで火床のひびを見つけ、牛乳の膜から冷蔵庫の不調を当ててきた。どれも事故になる前に直されたため、功績表には載らなかった。
観客の生徒が、毒花のそばへ落ちた教本を拾う。完璧な式の頁は黒く濡れ、マレナの使った果皮だけが花の根元で淡く香っていた。
「理論を知らない」のではない。彼女は、理論が見落とした現場まで読んでいた。
新式の薬晶は、完成品だけでなく毒性が消えた原因を追った。
【解毒成功寄与:97%】
薬学院長はバルクから銀杓子を取り上げ、マレナへ渡した。代わりに彼へ、食堂の洗い場札を差し出す。
【調合科・配属更新】
特待調合生:マレナ・ヴィス
器具洗浄担当:バルク・エドン