飢えを継ぐ者
獣の首を落とした瞬間、カイムの腹が鳴った。
三日も食べていなかったような音だった。
村の広場には、黒い毛に覆われた巨体が横たわっている。家畜を食い尽くし、昨夜は井戸へ水を汲みに出た二人をさらった獣だ。カイムは《飢継ぎ》でその首を断った。
この剣は魔物を必ず殺す。その代わり、魔物が抱えていた飢えを使い手へ移す。
剣を渡した狩人は、腹の空き方とは違うと警告した。受け継ぐのは食欲ではなく、『世界にまだ食べられるものがある』という確信だ。食べるほど候補が増え、最後には石も鉄も人も、同じ一口に見えるという。
「終わったぞ」
彼は言った。声が震えたのは疲労のせいだと思いたかった。
村人たちが地下倉から出てくる。老人が干し肉を差し出した。カイムは一口で飲み込み、次を奪うように取った。塩の味がしない。噛んだ感触も、腹へ落ちた重さも、何も満たさない。
獣は百年、満腹になれなかったという。
鍋を空にした。保存パンを三つ食べた。生の芋まで齧った。腹は膨れず、逆に内側から爪で掻かれるように痛む。
「英雄さま」
小さな少女が近づき、林檎を両手で差し出した。獣に父を奪われた子だった。
カイムは受け取ろうとして、手を止めた。
林檎より先に、少女の首筋から流れる血の音を聞いた。
どく、どく、と温かな音。
獣だったころには、暗い森のどこからでもその音を聞き分けたのだろう。カイムの鼻腔に、皮膚の下の鉄の匂いが満ちる。歯茎がむず痒くなり、犬歯が唇へ触れた。
彼は後ずさった。
「来るな」
少女は林檎を胸に抱き、不安そうに見上げる。
村人たちの歓声は続いていた。誰も、英雄が剣の柄を握り直したことに気づかない。自分の首を斬れば、この飢えも死ぬのか。だが《飢継ぎ》は魔物しか殺せない。
カイムは獣の死体へ目をやった。
黒い毛皮の下に、まだ温かな肉がある。
次に気づいたとき、彼は四つん這いになっていた。少女の林檎が石畳を転がり、獣の血だまりで止まる。
村を救った剣は静かだった。
新しい魔物は、もうその剣に斬られる側だった。