餅は四つに切って

 元日の朝、祖父の玄蔵は焼き網から餅をつまみ上げた。

「餅は大きいほど縁起がいい」

 宗一郎は、その強情な笑いに泣きそうになった。

 前の人生でも同じ台詞を聞いた。二十歳の宗一郎は「じゃあ丸ごといけるな」と囃し立てた。祖父は得意げに大餅へかぶりつき、数分後、喉を押さえて倒れた。背中を叩いても、救急隊が来ても、正月のテレビだけが陽気に笑い続けた。

 七十歳まで生きた宗一郎が再び目を開けると、祖父はまだ八十二歳で、箸の先に運命を挟んでいた。自分も祖父より年上まで生きたのに、目の前ではまた孫だ。長い人生で得た知恵の最初の使い道が餅切りなのがおかしくて、少しだけ笑えた。

「餅は大きいほど縁起がいい」

「長生きの方が縁起がいい」

 宗一郎は台所ばさみを取り、祖父の餅を四つに切った。

「子ども扱いするな」

「百歳になったら二つ切りに昇格」

「十八年も待たせる気か」

「文句を言えるなら待てるだろ」

 玄蔵はぶつぶつ言いながら、小さくなった餅を一つ口へ入れた。宗一郎は向かいに座り、祖父が噛むたび自分まで顎を動かした。湯飲みを手の届く場所へ置き、急かす親戚には「今年はゆっくり食べる家訓だ」と宣言する。

「見るな。まずい」

「去年まで見てなかったから、今年は見る」

 玄蔵は理由を尋ねず、湯飲みを一口すすってから二つ目を食べた。宗一郎は呼吸のたび上下する祖父の肩を見て、正月の数え方をようやく知った。年ではなく、この肩が動く回数を増やすことなのだ。

 午前十時七分。

 前の人生で玄関を震わせた救急車のサイレンは来なかった。テレビでは初日の出が映り、台所では母が雑煮をよそう。時計の秒針が、何事もなく次の目盛りへ進む。その平凡さが、宗一郎には奇跡より派手に見えた。

 玄蔵は最後の一切れを飲み込み、胸を張った。

「ほら、丸ごとでも平気だった」

「四つだった」

「細かい男は嫌われるぞ」

「じいちゃんに好かれてれば足りる」

 祖父は鼻を鳴らし、空になった椀を差し出した。

「来年も切れ。百まで毎年、四つだ」

 前の人生では存在しなかった十八回分の正月が、その空の椀の中に予約された。