魔王城の失敗係
魔王の即位式を空席にしたのは、侍従長ネフェリだった。
人間、獣人、竜族。三国の使節へ送る転移門の時刻表を、彼女は一日ずつずらして記した。玉座の間に集まったのは魔王と近衛兵だけ。祝砲は鳴り、楽団は演奏し、誰もいない椅子へ料理が運ばれた。
式後、ネフェリは三国へ謝罪の魔紙を送り、自室で荷造りをした。返事はまだない。廊下では侍従たちが再式典の噂をし、誰も彼女の部屋を覗こうとしなかった。人間の城では皿を一枚割っただけで売り払われた。魔王城で五年働けたこと自体が奇跡だ。今回ばかりは、三人も彼女を庇えない。ザイドの軍は竜族との同盟を必要とし、オズワルは損失の責任者を定めねばならず、キリアンは無駄になった料理を説明する立場だ。ネフェリは三人のためにも、自分が先に消えるべきだと思った。
扉を叩いたのは将軍ザイドだった。彼は黒剣を抜き、ネフェリの部屋の外へ横たえる。
「ここから荷物を出す者は、この剣を踏め」
「私を閉じ込める気?」
「違う。勝手な追放を止める」
財務官オズワルは、空席分の損失帳簿を抱えて入ってきた。彼はネフェリの机の半分を占領し、算盤を置く。
「宴は明日もう一度。保存魔法で料理は残っている。追加費用はこの額だ。給金から引くなら百二十年かかる」
「そんなに働けないわ」
「では長命化手当を申請しよう」
料理長キリアンは、四人分の夜食を載せた台車を押してきた。冷めた祝宴料理ではなく、ネフェリが好きな辛い豆煮込みだった。彼は部屋の暖炉へ薪を足す。
「明日の席順表を、食べながら直せ」
「みんな、明日の式に出るの?」
「お前も出る」と三人が別々の調子で言った。
ネフェリは荷袋の口を閉じられなかった。失敗は消えない。使節への謝罪も、再手配も、自分がする。それでも、部屋の外には剣、机には算盤、暖炉の前には四つの椀がある。
「また捨てられると思ってた」
ザイドは黒剣の鞘を壁へ掛けた。オズワルは帳簿の担当欄にネフェリの名を残した。キリアンは空いた椅子を暖炉へ寄せた。
誰もいない玉座の間とは違い、その小さな部屋からは、誰一人帰らなかった。