黄身を残した夜
宗像佐知が最後の披露宴報告を送ったのは、午前一時を過ぎてからだった。
自分の結婚式までは、あと四か月。机の脇の保冷バッグには、会場の見積書と、婚約者が作った卵黄しょうゆのおにぎりが入っている。
婚約者は子どもを望んでいる。佐知も、話が出るたび「いつかね」と笑った。式場の相談会では、子連れ向けの間取り資料まで受け取った。けれど佐知は、子どもがほしいか分からない。仕事を手放したくないからだけではなく、母親になる未来を思い浮かべても、自分の輪郭がそこに見つからなかった。
婚約者は家事を分けると言い、仕事も続けていいと言った。だから佐知の迷いは、古い役割への反発だけでは説明できない。友人の赤ん坊を抱けばかわいいと思う。それでも自分が望むかと聞かれると、答えが空白になる。優しい条件がそろうほど、望めない自分に欠陥があるようだった。答えのないまま結婚するほうが、二人を深く傷つけると初めて思った。
嫌いではない人との、嫌いではない未来だからこそ、断る言葉を持てなかった。
包みを開けると、醤油の香りがした。中央には、ねっとりした卵黄が入っている。佐知はこの具が好きで、いつも周りの米を先に食べ、最後のひと口へ黄身を全部残した。婚約者はその食べ方を見て、楽しみを取っておく人だと笑った。
今夜も外側から食べた。米が減るにつれ、濃い黄身が見えてくる。最後に残ったのは、いちばん好きな部分だった。
佐知は口へ運ぼうとして、手を止めた。好きなら食べきるべきだと思うことと、好きでも選べないことは、同じではない。
黄身の残ったひと口を包み紙へ戻した。つぶさないよう、ふんわり折る。
帰宅後、食卓に結婚式の見積書を置いた。その上へ、食べ残したおにぎりを載せる。付箋には一行だけ書いた。
〈子どものこと、うなずいたまま式を迎えたくない〉
婚約者はもう眠っていた。佐知は指輪を外さなかった。残したひと口も捨てなかった。
冷蔵庫のいちばん見える棚へ包みを置き、二人で話す朝のために、照明を消した。