黄金盤は再生できます
作曲家・鷺沼弦蔵の死後、家族は録音スタジオへ集められた。
遺言には〈黄金盤を、最も音楽を理解する者へ〉とある。
長女の糸葉は壁のゴールドディスクを指した。
「父の最大ヒット曲。売れば数百万」
弟の怜司は棚の奥を見た。
「いや、“黄金盤”は未発表マスターの隠語だ。権利なら億になる」
元マネージャーは首を振った。
「先生は物に執着しない方でした」
「その台詞で壁一面に賞状があるのはなぜ」
「物ではなく評価に執着していました」
三人はスタジオ内の丸い物を片端から集めた。レコード、CD、シンバル、時計、鍋の蓋。
「鍋の蓋まで候補?」
「父は日用品から音を採る人だった」
「この蓋、叩くとホ短調です」
「蓋に調性を与えるな」
壁のゴールドディスクは、業界団体からの貸与品で売却できなかった。金色のシンバルには〈高校吹奏楽部備品〉と刻まれている。
「父さん、借り物まで飾ってたの?」
「借りた評価を自分の壁へ固定する人だった」
「悪口なのに妙に敬意があるな」
金色のレコード盤が一枚、古いターンテーブルに載っていた。ラベルには曲名がなく、〈最後の曲〉とだけ書かれている。
「これだ」と怜司。
「先に再生した人が理解者になる、と?」
「針を落とすのは私よ」
「レコードを聴いた枚数なら俺が上」
「父の介護をした時間なら私が上」
「音楽理解と介護点数を混ぜるな」
「あなたは父の曲を着信音にした」
「宣伝だ」
「葬儀中にも鳴ったわよ!」
元マネージャーが間に入り、三人同時に針へ手を添えることになった。針が落ちる。
流れたのは弦蔵の声だった。
『これを聞いて争っているなら、相変わらず拍子が合わんな』
続いて、誰も知らない美しい旋律が始まった。糸葉も怜司も黙り込んだ。
「未発表曲……」
「黄金盤はこのマスターね」
そこへスタジオの清掃員が入ってきた。
「その金色の円盤、先生がカレーを食べる皿ですよ。昨日、私が間違えてターンテーブルへ置きました」
針の下には、金色の金属皿。音楽は隣のパソコンが自動再生していた。
元マネージャーが契約書を取り出した。
「皿は千八百円。曲の著作権は、お二人で半分ずつです」
黄金盤は食洗機へ、名曲は配信へ回された。