黒点の城駒
アージュン・ヴァラドは、象牙の城駒を天秤へ載せた。
他の駒より銀一枚ぶん重い。内部に紙を隠したのではない。底へ埋めた十二の黒点、その位置が城門と見張り台を表していた。盤へ置けばただの飾り。城の見取り図へ重ねれば、今夜空く道になる。
アージュンは捕虜の工人を装い、攻城軍の総督ラージャス・ケルへ棋具を献じた。総督は戦の前夜、必ず一局指す。相手は城から降った軍師ミラン・セトだった。
「駒が重い」
一手目でラージャスが気づいた。
「象牙の密度です」
「職人は、嘘にも木目をつける」
総督は短剣で城駒の頭を割った。中は詰まった象牙で、紙も毒もない。
アージュンは息を吐かなかった。密書は黒点そのものだ。割られれば半分になるが、底だけ残れば読める。
ラージャスは破片を盤へ投げた。
「重さの違う駒で、私を負かすつもりか」
「勝敗は指す者の腕です」
「なら、その腕を一本もらおう」
護衛がアージュンの左手を盤へ押さえた。刃が小指を落とした。血が白黒の升目を横切る。
ミランが静かに言った。
「総督、駒の不正なら私が調べましょう。城攻めの前に、負けた理由を駒へ預けては兵が笑います」
ラージャスは鼻を鳴らし、割れた城駒を渡した。
それだけでよかった。
盤上では、総督の騎馬駒が血溜まりを踏んだ。アージュンは切られた小指を拾い、衣の内へしまった。職人は欠けた材料を捨てない。ラージャスはそれを執着と思い、もう彼を見なかった。痛みに耐えるより、敵の興味から外れる方が難しかった。
ミランは盤の下で駒底を回した。十二の黒点。北の象門から武器庫まで、見張りのいない時刻が点の間隔で刻まれている。
アージュンは布で手を縛りながら、盤を見た。
ラージャスの王は、三手後に詰む位置だった。だがミランはわざと別の駒を動かした。
「私の負けです」
総督が笑う。笑い声の裏で、ミランは卓下の鈴紐を一度引いた。
アージュンは盤の端へ小指を置いた。白い骨片は、どの象牙駒より軽い。総督は勝ったと思い、軍師は負けたふりをした。その二つの思い込みの間を、密書だけが城内へ抜けていた。
城壁の奥で鎖が走り、象門がゆっくり開いた。