十七時四十二分の修了

東央データの昇進審査で、鷹栖礼司は事業部長の椅子を目前にしていた。

売上、部下評価、役員推薦はすべて基準を超えている。最後の加点項目は、履歴書と社内資格台帳に記載された海外MBAだった。難しい統合案件を任せられたのも、その学位が理由の一つだった。部下には、学び続ける管理職の象徴として何度も紹介されている。

審査委員の名越が尋ねた。「修了年は二〇二一年ですね」

「はい。仕事と両立して二年で終えました」

「専攻は?」

鷹栖は流暢に答えた。授業名も教授名も出てくる。名越以外の委員は、形式確認だと思って資料を閉じ始めた。鷹栖自身も、机の上の昇進辞令へ一度だけ目をやった。

名越は共有の資格台帳を画面に出した。定期監査の差分一覧に、審査前日の変更だけが赤く表示されていた。

昨日の十七時四十二分、鷹栖の行だけが更新されている。変更前は〈オンライン課程・中途退学〉、変更後は〈MBA修了〉。編集者は鷹栖本人だった。審査資料が委員へ配布されたのは十八時だった。

「昔の入力ミスを直しました」

「では、修了証明書を」

「大学の再発行に時間がかかっています」

「添付済みですよ」

台帳のセルにはPDFが付いていた。鷹栖が一瞬、言葉を失う。名越が開くと、題名は〈履修証明書〉。本文には「学位を授与するものではない」と明記されている。ファイル名だけが〈MBA_Degree.pdf〉へ変えられていた。

鷹栖は椅子を引き寄せた。「単位はほぼ取りました。実務上、修了と同等です」

「大学へ確認したメールもあります」

人事が送った照会への回答が表示された。鷹栖は最終論文を提出せず退学。大学から本人にも同じ回答が送られ、そのメールには人事共有アドレスがCCされていた。鷹栖はCCに気づかず、台帳を書き換えたらしい。

会議室の時計が十七時四十二分を指すまで、あと一分だった。

名越は昇進審査票の「承認済み」を解除した。

「事業部長昇進は撤回。経歴詐称として、懲戒審査へ切り替えます」