『競合より早い企画』
懲戒面談で、折原冬馬は「競合企画の模倣」という通知書を読まされた。自社向けに作った無人店舗案が、二日前に競合から発表されたためだ。
部長の月岡紫乃は冷たく言った。
「君の提出は昨日。先方の発表後です。偶然では通らない」
人事の苅谷崇も、降格は避けられないという顔をしていた。
冬馬は通知書を机へ戻した。
「企画書の更新時刻は昨日ですが、初稿は二か月前です」
「初稿なら誰でも作れる。完成版が問題だ」
月岡は自分の資料を開き、競合の発表スライドと冬馬の企画が同じ順序だと示した。
冬馬は会社の検索履歴を出してほしいと頼んだ。苅谷が監査画面を開くと、競合発表の三日前、月岡が冬馬の個人フォルダを検索していた。検索語は企画名そのもの。その直後、彼女は全二十四ページを閲覧している。企画名は未提出で冬馬しか知らず、月岡が偶然検索できる言葉ではなかった。さらに競合版に残った仮の店舗名は、冬馬が飼い猫から付けた社内未公開の名称だった。月岡は由来を聞かれて黙った。
「部下の進捗確認です」
「その夜、競合の担当者へメールしています」
送信履歴には、月岡の私用アドレスから競合の事業責任者へ転送された添付がある。月岡は表情を変えずに言った。
「情報収集のための連絡よ。添付は別資料」
苅谷がファイルのハッシュ値を照合した。冬馬の第九版と完全に一致した。さらにメールのCCには、月岡が次の転職先として交渉中の人材紹介会社が入っていた。競合へ手土産として企画を渡し、先に発表させ、冬馬を模倣者に仕立てたのだ。
月岡は初めて声を荒らげた。冬馬は何も言わず、彼女の返答を待った。
「本人がまだ提出していない資料なら、会社の正式な企画ではない」
苅谷は降格通知書を裏返し、破棄箱へ入れた。
「折原さんの降格案を撤回します。企画責任者への任命を本日付で申請します」
そして新しい面談票の対象者欄へ、月岡紫乃と記入した。