『受講者ではなく講師』
定年後再雇用の面談で、工場長はベテラン社員に契約終了を告げた。
「新設備の資格試験に不合格だった。安全上、延長はできない」
ベテランは耳を疑った。試験を受けた覚えがない。むしろ新設備の導入時、若手へ操作を教えたのは自分だった。
「記憶違いでしょう」
工場長は研修名簿を見せた。ベテランの欄には「受講・不合格」と印字されている。本人の署名もあった。
同席した労務担当が、昨年退職した研修担当者のファイルを開いた。名前は「最後の授業.pdf」。工場長は「古い版だ」と遮った。
最初のページは同じ研修名簿だった。ただしベテランの区分は「講師」。署名欄の位置も、工場長が示した名簿とは一段違う。
労務担当が共有フォルダの版履歴を確認した。研修担当者の退職翌日、工場長が「講師」を「受講」へ変更し、合否欄を追加していた。署名画像は講師確認欄から切り取られ、不合格者欄へ貼りつけられている。
「書式を統一しただけだ。資格そのものは持っていない」
退職者のファイルには、設備メーカーから届いた認定証の送付メールが保存されていた。宛先はベテラン、CCは研修担当者と工場長。認定番号も記載されている。
工場長は「認定証を提出しなかった」と言い換えた。
メールの開封履歴には、工場長が添付を保存した記録があった。その後、認定証ファイルは工場長室から削除されている。
さらに、研修日の会議室予約には参加者一覧が残っていた。若手十二人が受講者、ベテランは主催者。工場長自身も受講者として登録され、結果は不合格だった。
部屋の空気が変わった。
退職者はファイル末尾に、工場長から受けた依頼も保存していた。
――再雇用枠を親族に回したい。講師を不合格者として処理してほしい。
研修担当者は拒み、退職時に証拠を残したのだ。
労務担当は契約終了通知を回収した。
「再雇用を三年延長します。職位は設備教育責任者です」
工場長が立ち上がった。
「そんな権限が――」
ドアが開き、本社役員が入った。
「あなたの工場長契約を更新しない権限なら、私にあります」
ベテランの前に、新しい任命書が置かれた。