『退職面談の予告メール』

江波戸澄は退職面談の席で、署名済みの退職届を人事の鳴海恭子へ差し出した。

「業績予測を競合へ送った責任は取ります。ただ、送信した覚えはありません」

直属の熊代部長は、江波戸の端末から社外へ添付ファイルが送られた記録を示し、懲戒解雇にしない代わりに自主退職を勧めていた。宛先は競合企業の調査会社。送信時刻は江波戸が昼食で席を外した十二時十八分だった。

「端末をロックしなかった私の落ち度です」

江波戸は言った。

「誰かを疑うつもりもありません」

鳴海は退職届を受け取らず、机の端へ戻してから、件のファイル名を尋ねた。

「来期業績予測・確定版です」

「中身を見ましたか」

「いいえ。権限がありませんでした」

鳴海だけが、そのファイルの正体を知っていた。情報漏えい経路を調べるために作った偽物で、中には架空の支店名とでたらめな数字しか入っていない。存在を知らせたのは熊代一人。部長用共有フォルダに置き、閲覧すると個別の識別画像が読み込まれる仕掛けだった。

鳴海はアクセス履歴を開いた。最初の閲覧は熊代の社用スマートフォン。次に、江波戸の端末から添付されて送信されている。メール本文には「予告どおり、本人の席から」とあった。

「予告?」

江波戸が聞き返す。

鳴海は、熊代から自分へ届いた前日のメールを示した。CCには法務部が入っている。

――明日、江波戸の管理不備を実証します。十二時台に端末を確認してください。

熊代は、偽ファイルが外部送信を検知する囮だとは知らなかった。江波戸を辞めさせるため、自ら漏えいを演出し、その予定までメールに残していたのだ。

「どうして私を?」

「あなたが部長の架空経費を見つけた直後だからでしょう」

江波戸は退職届を見つめたまま、何も言わなかった。

鳴海は紙を中央から破り、内線で警備を呼んだ。

「退職面談は中止です。これから始まるのは、熊代部長の事情聴取です」