「誰か」には仮面も含まれる

 宵待凛太郎は、自分の杯を仮面の司会者へ差し出した。

「どうぞ」

 向かいの青年が、交換のために持ち上げていた杯を止める。司会者も一瞬、意味が分からないように首を傾けた。

《杯を誰か一人へ差し出せ。差し出された者は飲み干す。飲ませた参加者が通過する》

 参加者は二人。だから互いに杯を押しつけ合うゲームだと、誰もが思った。片方は毒、片方は水。相手へ渡した杯が毒なら勝ち、水なら相手も次の手を打てる。

「私は進行役だ。対象外に決まっている」

 司会者が言う。

『杯の差し出しを確認。受領者、進行役零号』

 天井の声と同時に、司会者の椅子から拘束具が伸びた。仮面の男の手へ凛太郎の杯が固定される。

「待て。規則の意図は参加者同士の——」

「意図じゃなくて、文章で殺してきたんだろ」

 機械の腕が仮面を持ち上げ、杯を口へ傾ける。司会者は必死に顔を背けたが、一滴も残さず飲まされた。

 数秒の沈黙。

 男は倒れなかった。杯は水だった。

『宵待凛太郎、通過条件達成』

 向かいの青年が、安堵と困惑の混じった声を出す。

「毒じゃなかったのに、勝ちなのか?」

「勝利条件は、相手を殺すことじゃない。誰かに飲ませることだ」

 凛太郎は空の杯を司会者の手から抜き取る。司会者は咳き込みながら、もう片方の参加者を睨んだ。残った杯には、当然、毒がある。

「このゲームの目的は、俺たちに殺意を選ばせることだった」

 凛太郎は監視カメラへ向く。「だから『他の参加者』と書けなかった。そう書けば単なる強制になる。『誰か』とぼかして、自分で相手を選んだという映像が欲しかったんだ」

 勝者の扉が開く。

 凛太郎は司会者の胸元に、参加者と同じ識別用の銀札が下がっているのを見ていた。番号は零でも、判定装置に登録された人間であることは同じ。その小さな札が、「誰か」の範囲を決める唯一の手掛かりだった。

 凛太郎は、残された青年へ振り返った。

「次は君が差し出せ。まだ、ここには飲んでいない誰かが一人いる」

 司会者の仮面の奥から、初めて本物の恐怖の息が漏れた。