ここを出るための種

都季は、祖母の花屋を手伝い始めて四年になる。二十四歳で町に戻ったときは「春まで」と言っていたのに、春は四度過ぎた。店が嫌いなわけではない。花の名前を覚えるのも、常連の仏花を束ねるのも好きだった。祖母を一人にするのも気がかりだった。祖母は引き止めないが、新しいエプロンを毎年二枚買う。その二枚目を見るたび、都季は来年もいる返事をした気になった。ただ、閉店後に旅行会社の採用ページを眺めている自分を、誰にも見せられなかった。

雨上がりの午後、服の縫い目という縫い目から種をこぼす旅人が来た。帽子からは麦、袖口からは朝顔、靴ひもの穴からは見たことのない銀色の粒が落ちる。旅人は花を買わず、空の植木鉢を一つ選んだ。

「どこに植えるんですか」

「泊まらない場所です」

旅人はそう答え、都季の掌に丸い種を三粒載せた。

「一つだけ、長くいるつもりのない場所へ埋めてください」

「育つ頃には見られないのに?」

「見届ける約束をしなければ、植えてはいけませんか」

都季は返事ができなかった。花屋では、枯らさないこと、最後まで世話をすることが正しい。祖母の店も、この町も、途中で離れれば投げ出したことになる気がしていた。

旅人は代金を払い、鉢を抱えてバス停へ向かった。歩くたび、背中から種が落ちた。拾わないのかと都季が声をかけると、旅人は振り返らず、「全部の芽に立ち会う旅人はいません」と言った。

その夜、都季は店の裏庭に出た。三粒を植えるなら、毎日水をやれる。けれど課題は、長くいるつもりのない場所だった。

翌朝、配達で隣町の駅へ行った。ホーム脇の公共花壇には「自由にお植えください」と小さな札がある。都季は駅員に許可を取り、種を一粒だけ土へ押し込んだ。爪の間に湿った土が入り、残り二粒はポケットに戻す。

帰りの電車は十分後だった。今までならすぐ乗った。だが都季はホームのベンチでスマートフォンを開き、何度も閉じてきた旅行会社の応募画面を表示した。

花壇の土は濡れて黒い。芽が出るかは分からない。自分がここへ見に来られるかも分からない。

都季は「勤務地・県外可」の欄にチェックを入れ、応募ボタンを押した。