ご祝儀袋と退職届

祝儀袋と退職届は、どちらも白い封筒だった。

夕映はホテルの更衣室で、二つをロッカーの上に並べた。水引のある方には三万円。何も飾りのない方には、今日の日付を書いた退職届が入っている。

大学時代の友人・依緒の披露宴を担当したのは、偶然ではない。依緒が夕映の勤める式場を選び、「お願いできたら心強い」と指名してくれた。

夕映は半年かけて、招待客のアレルギーを確認し、花の色を決め、余興の音源を集めた。昨夜は二時間しか眠っていない。それでも開宴直前、依緒のベールを整えたとき、自分はこの仕事のためにいると思った。

だから辞める理由が、自分でもうまく説明できなかった。

好きな仕事だった。向いているとも思う。ただ、誰かの一日を完璧にするたび、自分の平日が薄くなった。休日の電話に出る。予定を断る。体調より進行表を優先する。それを情熱と呼べなくなっただけだ。

披露宴は大きな事故もなく終わった。依緒は送賓後、夕映の手を握った。

「夕映が担当でよかった。ずっとこの仕事してね」

悪意のない言葉が、最後の留め金になった。

事務所へ戻ると、支配人が売上表を見ながら言った。

「次の大型案件、君に任せたい。今日みたいに頼むよ」

夕映はロッカーから二つの封筒を持ってきた。祝儀袋は依緒の受付へ渡しそびれていた。退職届は、三か月前から鞄の底で折れ曲がっていた。

どちらを先に出すか迷い、夕映は笑いそうになった。順番に意味などない。

「その前に、これを受け取ってください」

支配人の机へ、飾りのない方を置いた。

引き止められれば揺らぐと思っていた。実際、給与の見直しも部署異動も提案され、胸は何度も傾いた。それでも夕映は、もう一度だけ「退職します」と言った。

式場を出るころ、ロビーの花は片づけられていた。夕映は依緒へ連絡し、祝儀袋を後日渡す約束をした。

〈今日、人生で一番いい式だった〉と依緒は返した。

夕映は〈私も今日、終わらせたよ〉と打ち、まだ説明せずに送った。

好きだった仕事を嫌いにしてから辞めれば、もっと楽だったかもしれない。けれど夕映は、好きなまま手放した。その損失まで、退職届の署名に含めたつもりだった。