コンビニの窓に夕立

 野火止真琴がコンビニへ入った瞬間、夕立が駐車場を覆った。

 傘は会社へ置いたまま。弁当を買ってすぐ帰るつもりだったが、店内のイートインへ座ることにした。

 窓際には、制服姿のタクシー運転手が一人いた。

 紙カップの味噌汁と、鮭のおにぎり。真琴は隣を一席空け、肉まんと温かい茶を置いた。

 雨は硝子を激しく叩き、外の車をぼんやり歪ませた。

「しばらく出られませんね」

 運転手が言う。

「傘を買うほどでもないと思ったら、これです」

「傘を買うと止むんですよ」

「経験則?」

「タクシーを洗うと雨が降るのと同じです」

 真琴は肉まんを割った。

 白い湯気に豚肉と生姜の匂いが混じる。運転手の味噌汁からは葱の香りがした。

 誰も急いで食べなかった。

「仕事終わりですか」

「はい。今日は少し嫌なことがあって」

 そこまで言い、真琴は続けなかった。

 同僚との言葉の行き違い。説明すれば長くなるし、知らない人へ話すほどではない。

 運転手も詳しく訊かなかった。

「嫌なことがあった日は、雨に足止めされるくらいでちょうどいいです」

「ちょうどいい?」

「すぐ家へ帰ると、嫌なことまで一緒に玄関を入るから」

 真琴は窓の雨を見た。

 ここで少し薄めてから帰る、ということだろうか。

 肉まんの最後の一口を食べ、温かい茶を飲む。指先と喉がゆっくり戻ってきた。

 運転手の無線が鳴った。

 近くで迎車の依頼が入ったらしい。

「雨なのに、大変ですね」

「雨だから仕事になる」

 運転手は立ち上がり、空の容器を捨てた。

「傘、なくても乗っていきます?」

「家は歩いて五分なので」

「では、あと五分待てば止むかも」

 運転手が出ていくと、黄色いタクシーの灯りが雨の中でにじんだ。

 真琴はさらに五分、窓際へ座った。

 本当に雨は弱まった。

 雲の端が明るくなり、駐車場の水たまりへ夕焼けが少し映る。

 外へ出ると、濡れたアスファルトと肉まんの生姜の香りが上着へ残っていた。

 家へ着くころ、同僚へ短いメッセージを送った。

〈さっきは言い方が強くてごめん。続きは明日話そう〉

 嫌なことは消えなかったが、玄関まで連れて帰らず、雨上がりの道へ少し置いてこられた。