ゴミ袋の余白

水曜日の夜、台所のごみ袋は、まだ半分しか埋まっていなかった。

明日は燃えるごみの日だ。袋の中には、昨日の魚のトレー、コーヒーかす、使い終えた生理用品、それから冷蔵庫の奥で柔らかくなった半分の大根が入っている。口を近づけなくても、甘く重い匂いがした。

指定袋は一枚四十円。実家では、母が袋の隙間へ小さなごみを押し込み、最後までいっぱいにしてから出していた。「空気を捨てるのはもったいない」が口癖だった。

私も一人暮らしを始めてから、なるべく同じようにしている。ティッシュの箱は潰し、食品の袋は結び、隙間があれば洗面所のごみ箱まで探しに行く。袋を満杯にできると、生活を上手に使い切った気がした。反対に半分で出す日は、食材もお金も段取りも、何かを雑に扱っているようで落ち着かなかった。誰も中身を採点しないのに、集積所へ持っていく袋だけは、家計簿の答案みたいだった。

けれど今夜は、流しの前を通るたびに匂いが気になった。窓を開けるには寒い。消臭剤をかければ、花の香りと大根の匂いが混ざるだけだ。

私は袋の口を持ち上げた。上半分には、本当に空気しか入っていない。まだ入る。次の回収日まで待てる。頭の中で、四十円が何度も小さく光った。

そのとき、明日の朝の自分が浮かんだ。起きて、台所で水を飲み、この匂いの中で化粧をし、急いで家を出る。今夜の私が節約した四十円を、朝の私が息を止めて支払う。

私は袋の口を結んだ。余った部分が長く、持ち手のようになった。

コートを着て集積所へ行くと、透明な網の下に、同じくらいしか入っていない袋が一つ置かれていた。中にはバナナの皮と、丸めたレシートが見えた。知らない部屋の誰かも、空気ごと捨てたらしい。

戻った台所は、急には無臭にならなかった。換気扇を回すと、冷たい外気が窓の隙間から入り、頬に触れた。それでも新しい袋を広げると、白い底がきれいだった。

私は冷蔵庫から水を出し、深く息をした。四十円ぶんの余白を、今夜は無駄ではなく、明日の朝のために買ったことにした。