サービス終了十分钟前

ゲームサーバー終了まで、あと十分。

浩平はネットカフェの個室で、八年ぶりに〈月の砦〉へログインした。崩れかけたギルドハウスには、杏珠のキャラクターが一人で立っていた。

《来ると思わなかった》

《最後くらいは》

二人はこの世界で出会い、現実でも付き合った。別れたのは、杏珠が約束の駅に現れなかった日だ。浩平は三時間待ち、露店で買った赤いマフラーだけを紙袋に入れて帰った。その夜、連絡のない彼女のアカウントをブロックした。紙袋は今も押し入れの奥にある。

画面右下に「復元された未送信メッセージ」と表示された。運営が終了前のデータ救済を行い、古いチャット下書きまで戻したらしい。

《西口にいる。赤いマフラー。スマホを盗まれた。公衆電話も番号が分からない。ゲーム内なら会える?》

送信者は杏珠。作成時刻は、待ち合わせの午後三時二十七分。

浩平はキーボードから手を離した。

《俺、東口にいた》

《知ってる。あとで防犯カメラのこと聞いた》

《なぜ今まで》

《ブロックされてたから》

《メールは》

《怖くて送れなかった。三時間待たせた人に、信じてって言えなかった》

画面上部の時計が、残り六分を示す。

《俺は、捨てられたと思った》

《私は、信じてもらえないと思った》

キャラクター同士は、かつて結婚式を挙げた噴水の前に立っている。杏珠のキャラクターは、あの日の待ち合わせ目印と同じ赤いマフラーを装備していた。現実の杏珠がどこにいるのか、浩平は知らない。隣町かもしれないし、海の向こうかもしれない。

《連絡先、送る?》

浩平が打つと、返事はすぐ来なかった。残り三分。サーバー全体に終了告知が流れる。

《今、結婚してる》

その一文のあと、杏珠は続けた。

《でも、あの日行かなかったわけじゃないって、知ってほしかった》

浩平は復元された下書きを保存しようとした。だが保存先を選ぶ間に、残り時間が十秒になる。

《分かった》

送信した瞬間、画面が暗転した。

浩平は再接続ボタンを押さず、八年前のキャラクターからログアウトした。