シチューは塩を最後に

亮磨は、母の誕生日を祝うつもりで家へ行ったが、本人は残業でいなかった。

代わりに、再婚相手の史朗が台所でホワイトシチューを煮ていた。鍋の中では、ジャガイモがほとんど溶けている。

「何時に帰るって?」

「分からん。連絡もない」

「じゃあ火、止めないと」

「まだ味が薄い」

史朗が塩を振ろうとしたので、亮磨は袋を取り上げた。

「煮詰まる前に入れると濃くなる」

「料理するのか」

「一人暮らし長いんで」

史朗は母より十歳年下で、亮磨とは十五歳しか違わない。父親と呼ぶには近すぎ、友人と呼ぶには遠すぎる。結婚の報告を受けたとき、亮磨は「好きにすれば」とだけ返した。

二人で玉ねぎを足し、牛乳で濃さを戻した。史朗は鶏肉を大きく切りすぎ、亮磨は人参を薄くしすぎた。鍋の中で形の違う具が混ざった。表面に浮いた灰汁を、史朗が取り、亮磨が横から取り残しをすくった。二人とも相手の手元だけはよく見ていた。

「絵里香さん、昔から帰り遅い?」

「俺が子どもの頃はもっと遅かった」

「寂しかった?」

「そういう質問、やめてもらえます」

「悪い」

史朗はすぐ謝り、包丁を洗った。父親ぶられないことに安堵しながら、亮磨は少しだけ腹が立った。もっと踏み込まれたら拒めるのに、この男はいつも境界線の手前で止まる。

母から「終電になる」と連絡が来た。史朗は肩を落とし、亮磨はパンを切った。

「先に食べましょう。冷めたらまずい」

「誕生日なのに?」

「帰ってから温めればいい」

二人で食べたシチューは、まだ少し薄かった。史朗が塩に手を伸ばし、亮磨は今度は止めなかった。

食後、母の分を小鍋へ移した。史朗は一人分だけ残そうとしたが、亮磨はもう一杯ぶん足した。

「明日の朝、俺が食べる」

「泊まるのか」

「終電、面倒なんで」

史朗は驚いた顔をしたあと、廊下の壁からエプロンを外した。フックは二つしかなかったので、隣に新しい粘着フックを貼る。亮磨が使った紺色のエプロンをそこへ掛けた。

母が帰るまで待つつもりはない。けれど朝、鍋を温める役ならできる。塩はそのとき決めればよかった。