パスワードのある講義
オンライン講座の公開前夜、粟田口千紘に渡された依頼は、十二分のプログラミング講義を朝までに整えることだった。講師の説明は明快で、撮り直しはない。制作会社は「咳を一か所切れば完成」と言っていた。
千紘は咳だけを直して終わらせず、画面を最初から確認した。七分四秒、講師が設定画面を開いた一瞬に指が止まる。パスワード欄の文字は伏せられていたが、その下の操作履歴に、外部サービスへ接続するための鍵がそのまま表示されていた。映ったのは一秒に満たない。普通の速さなら読めなくても、受講者は停止できる。
文字列の末尾には、講師の所属を示す略称まで含まれていた。悪用の方法を知らない視聴者にも、画面を共有されれば広がる。千紘はその一秒だけを問題にせず、同じ設定画面が再び開かれないか、残り五分も検索するように見直した。
担当者は「そこを切ると説明が飛ぶ。画面全体へ黒い箱を置こう」と言った。だが、同じ場所を講師のカーソルが動き、重要なボタンを示している。隠せば講義として成立しない。
千紘は画面のクロップを少しだけ狭め、危険な文字列を外へ追い出した。ただしそのままでは、次の操作で必要なメニューまで切れる。十八秒間だけ、キーフレームで表示範囲をゆっくり右へ動かし、カーソルを追う形にした。動きが目立たないよう、講師がウィンドウを広げる瞬間に合わせる。
さらにスマートフォンでの見え方を確かめた。下部には字幕が載る。カーソルを避けて画面を持ち上げすぎると、ボタンが字幕の裏へ沈むため、セーフエリアの内側へ収め直した。
「一秒なのに、そこまで見ますか」
担当者が訊いた。
「一秒だから見落とします。公開されたら、消すまでに何人が保存するか分からない」
完成版では、講師が自然に画面を移動し、鍵は一度も現れない。咳もなくなり、説明の言葉は途切れなかった。千紘は念のため、制作会社へ鍵の変更も依頼した。映像から消すことと、漏れていないことは同じではない。
午前五時、講座の公開予約が完了した。直後、共有先に「第七回・決済設定」という新しい素材が現れた。千紘は最初の一秒から再生を始めた。