パン印の裏面

雪の製粉所で、ヤロミール・セトは黒パンを一つ受け取った。

敵が捕らえている城主の娘ミラナへ、旅の糧として持たせたという。こちらが返すのは、敵軍の砲鋳師ボグダン。二人は夜明けに上門で交換する約束だった。

パンの表には、敵城の双頭鹿が深く押されている。ヤロミールは裏返した。

底にも印があった。

鹿ではない。丸い縁と、その内側に三本の短い傷。パン印の裏面を押した形だった。

国境のパン職人は、印の裏へ自分の工房を示す刻みを入れる。三本なら北の水車小屋。だがこのパンを焼いたのは敵城の台所だ。裏面を押す理由はない。

ミラナは幼いころ、城の抜け道を覚えるため、門の数をパン印の傷で数えていた。一本は下水口、二本は穀門、三本は上門。

裏印は「上門を見るな」という知らせだった。

敵は交換場所の上門に弩兵を隠している。ボグダンが城内へ戻った瞬間、ミラナごとこちらの使節を射る。停戦を破った責任は、雪煙の中で曖昧にできる。

「予定どおり上門へ行く」と副将が言った。「娘御一人の細工で軍議を変えるのか」

「一人だから細工をした」

ヤロミールはパンを割った。中はまだ柔らかい。焼かれてから半日も経っていない。ミラナは昨夜まで台所近くにいた。生きている。

彼は使者を敵陣へ返した。

「雪崩で上道が塞がれた。交換は製粉所の穀門で行う」

敵将からの返事は早かった。

「場所の変更は認めぬ」

「なら砲鋳師を返さぬ」

春の攻城に大砲を使うには、ボグダンが要る。敵は拒み続けられない。

二刻後、製粉所の小さな穀門を挟み、人質二人が姿を現した。ミラナは毛布に包まれ、顔に痣がある。ボグダンは両手を縛られているが、足取りは強い。

敵将は自ら来なかった。上門の伏兵を動かせなかったのだろう。代わりに若い百人長が、約定書を雪へ置いた。

「同時に十歩進ませる」

ヤロミールは頷いた。

二人が歩く。五歩、八歩。中央ですれ違う時、ボグダンがミラナの肩へわざとぶつかった。娘は倒れず、視線も返さなかった。

互いに十歩を歩ききる。ボグダンは敵側へ、ミラナはこちら側へ入った。交換は成立した。

百人長は剣柄へ手を置いたが、抜かなかった。穀門には伏兵がおらず、ここで斬れば停戦を破った証だけが残る。

ヤロミールは黒パンを雪へ置いた。ミラナは裏面の三本傷を見て、初めて息を吐いた。

遠い上門から、待ちくたびれた弩の誤射が一発だけ響いた。矢は誰もいない雪道へ落ちた。

ヤロミールは製粉所の兵へ手を上げた。

「穀門を開けろ」

厚い木扉が内側へ引かれ、娘を城内の灯へ迎え入れた。