ベランダ四階、眠れない人間対策室

 集合住宅「朝露ハイツ」では、午前一時になると各戸のペットがベランダへ出る。

 四〇一号室の猫、眠鈴が室外機の上で議事進行。四〇二号室の文鳥、白鍵は籠越しに参加し、三〇二号室の小型犬、麦笛は椅子へ上って顔を出す。壁を這う守宮の爪月は、議事録係だった。

〈第一回・眠れない人間対策会議〉

 爪月が白い壁へ尾で文字を書く真似をする。

「四〇一の人間、昨夜も三時まで画面を見ていました」

 眠鈴が報告した。

「四〇二は布団へ入ってから、明日の予定を二十回言いました」

 白鍵が小声で真似する。

「忘れ物なし、鍵よし、資料よし、眠れない」

「三〇二は?」

「僕の人間は、眠れないから散歩へ行こうとしました」

 麦笛が耳を伏せる。

「午前二時に?」

「断りました。犬にも都合があります」

 住人たちは互いに挨拶する程度で、自分だけが眠れないと思っている。

 動物たちは、同じ建物で三人が同時に天井を見ていることを知っていた。

「今夜は一斉作戦」

 眠鈴が尾を立てる。

「人間をベランダへ出す」

 午前一時半、眠鈴は植木鉢の陰へお気に入りの鼠玩具を落とした。飼い主が拾いに出る。

 白鍵は突然、覚えたばかりの子守歌を歌い始めた。四〇二号室の女性が窓を開ける。

 麦笛は散歩用の紐ではなく、ベランダの毛布をくわえ、飼い主を戸口まで引っぱった。

 三つの窓が同時に開いた。

「あ、こんばんは」

 四〇一の会社員が小さく頭を下げる。

「鳥が起こしちゃって」

「うちも犬が」

 三人は困ったように笑った。

 夜風は思ったより冷たく、誰かが「眠れませんね」と言った。

「私もです」

「実は僕も」

 それだけで、眠れない理由を説明する必要がなくなった。

 四〇二の女性がカモミールの鉢を指す。

「葉を少しお茶にすると香りがいいですよ」

 翌日の夕方、彼女は小さな紙袋に乾かした花を入れ、二軒へ渡した。

〈第二回会議〉

「成果を報告します」

 爪月が壁へ張りつく。

「四〇一、零時五十分消灯」

「四〇二、子守歌一回で就寝」

「三〇二、夜中の散歩要求なし」

 麦笛は胸を張った。

「代わりに人間同士で、日曜の朝に犬の散歩へ行くらしい」

「会議の機密が漏れていないか」

 眠鈴が問う。

「動物の仕業とは思っていません」

 白鍵が答えた。

 窓の内側から、カモミールティーの林檎に似た香りが流れてきた。

 動物たちは満足して各戸へ戻る。爪月だけは壁に残り、最後の一行を記した。

〈対策室、当面継続。人間は、一度眠れてもまた考えすぎるため〉

 四つの部屋で灯りが順に消え、夜の建物は大きな生き物のように、ゆっくり呼吸を始めた。