ポケットを足す線

 加賀谷遙が古書喫茶「型紙」で見つけたのは、昭和四十三年の婦人服雑誌だった。

 細いウエスト、白い手袋、膝の揃ったモデルたち。けれど付録の型紙には、黒鉛筆で別の線が重ねられている。脇を三センチ広げ、前開きを長くし、袖口へ小さな輪を足す。スカートの頁には、印刷された飾りポケットを無視して、手が深く入る袋布が描かれていた。

 書き込みのそばには、同じ一文字が何度もある。「母」。

「母、腕が上がりにくい」

「母、鍵を落とすので深く」

「母、これなら一人で留めた」

 遙は衣料メーカーで、若い女性向けのワンピースを担当している。明日提出する試作品には、片手でも開けられる磁石の留め具と、スマートフォンが収まる深いポケットをつけた。ところが上司から、「機能が前に出ると介護服に見える。女性らしく整理して」と修正が来た。

 留め具を普通のボタンへ戻し、ポケットを浅くすれば、企画は通る。遙は修正版の仕様書を作り終え、送信するため店へ入ったのだった。

 閉店間近、客は遙一人だった。店主は雑誌から大判の型紙を抜き、破れがないか広げた。包装紙より大きいため、折り目を増やすかと思ったが、店主は紙の端を一度だけ折り返し、そこへレシートを差し込んだ。偶然できた深い袋状の折り目から、細い紙は落ちなかった。

 店主は包装を持ち上げ、軽く逆さにして確かめる。レシートはその場に残った。飾りではなく、使える折り目だった。

 遙は修正版の添付を外した。元の仕様書へ戻り、ポケットの深さと留め具の理由を追記する。「女性らしさ」という言葉に反論する長文は書かず、片手で開閉する動画と、収納試験の数値を添えた。

 送信先には上司だけでなく、明日の審査担当者全員を入れる。通る企画より、実際に使われる服を出したかった。その順番を、今夜だけは入れ替えない。

 送信後、店主から包みを受け取った。型紙の黒い追加線は、印刷された輪郭より不揃いだったが、誰かの身体へ近づくために引かれている。

 遙は自分のワンピースにも、仕様どおりの深いポケットがつく未来を、初めて製品写真ではなく使う手の形で想像した。