ポトスより先に

小峰那央のデスクには、部署でいちばん元気なポトスがあった。誰かが出張なら水をやり、会議が延びれば資料を配り、後輩が落ち込めば菓子を置く。那央は世話が上手だと、みんなが言った。

その言葉を褒め言葉として受け取るたび、断りにくくなった。誰かの困りごとに気づかないふりをすれば、今までの自分まで嘘になる気がした。母からも「那央は昔から手がかからない」と言われる。手がかからない人には、手をかける順番がなかなか回ってこない。

昼休みも同じだった。十二時になる前に先輩から「電話番、お願いできる?」と頼まれ、断らず頷く。弁当は十四時に食べればいい。そう思っているうち、会議が入り、気づけば十六時だった。

喉が痛いまま、ポトスの土へ指を入れる。乾いている。じょうろを持ち上げると、鉢の側面に緑の文字が浮かんだ。

〈あなたは、鉢より乾いていませんか〉

那央は手を止めた。文字は葉の影かと思ったが、次の行が現れる。

〈水をやる前に、二百ミリリットル飲んでください〉

「植物に指図される日が来るとはね」

笑ってみても、鉢は返事をしない。那央は給湯室で紙コップに水を入れた。一杯目を一気に飲むと、空腹が急に輪郭を持った。水は味がないのに、乾いた喉を通る場所だけははっきり分かる。那央は、自分の体が一日中ここにいたことを、遅れて知らされた気がした。二杯目はゆっくり飲んだ。

席へ戻ると、別の先輩から〈十八時の打ち合わせ、代わりに出られる?〉と届いていた。先輩は子どもの迎えがある。那央には予定がない。予定がない人が引き受けるのが自然だと、いつも考えてきた。

机の引き出しには、朝買ったパンが潰れている。ポトスの葉先には、水を待つ小さな丸みがあった。

那央はチャットへ〈今日は対応できません〉と打った。事情を察してもらうための嘘も、相手を安心させる絵文字もつけない。代替案として明朝の確認だけを添えた。

送信してから、在席表示を〈昼休み〉へ変える。十六時十二分の昼休みだった。

那央はじょうろを机に置いたまま、パンを持って立ち上がった。ポトスへ水をやるのは、自分が戻ってからにした。