モナカは無罪

最有力容疑者は、白茶の犬だった。

動物病院のスタッフ用冷蔵庫から、川名文乃の弁当が消えた。

昼前、冷蔵庫の前にいたのは獣医の磯村、診察を待っていた小学生の古賀、そして病院犬のモナカ。モナカは鼻で下段の取っ手を開ける悪癖がある。今日の弁当には、玉ねぎ入りのハンバーグが入っていた。

古賀は保護犬の診察に来ていたが、診察室が怖くて待合室から動けずにいた。文乃は仕事の合間に、モナカの芸を見せて緊張をほぐした。モナカが得意なのは「待て」で、苦手なのは冷蔵庫の前で待つことだった。

「モナカが食べたんじゃない?」

磯村は口元を嗅いだが、肉の匂いはしない。

古賀は椅子で足を揺らし、「知らない」と小さく答えた。

冷蔵庫の取っ手には、確かに湿った鼻の跡がある。けれど床には食べこぼしも足跡もない。見上げると、天井近くの収納棚から、弁当の青い布が少しだけ垂れていた。

踏み台を使って下ろすと、弁当は無事だった。蓋の上には、犬と四角い箱の絵が描かれた紙が載っている。犬の口の前に、大きな赤いばつ印。

文乃が古賀を見ると、彼は今にも泣きそうになった。

「モナカが冷蔵庫を開けたから、上に置いた」

「どうやって?」

「踏み台。勝手に触っちゃだめって、お母さんに言われてたから、言えなかった」

玉ねぎは犬に食べさせてはいけない。古賀は待合室で配られた注意冊子を、母親の説明を待つあいだ隅まで読んで知っていた。弁当を守ったというより、モナカを守ったのだ。字の多い冊子を読んだことを誰にも褒められなかったので、彼は余計に黙っていた。

「勝手に触ったこと、怒る?」

「助けてくれたことを先にお礼します」

磯村は無言で冷蔵庫の取っ手に簡易ロックを付けた。モナカはその作業を、反省しているような顔で見ている。

文乃は弁当を開け、ハンバーグを一口大に切った。古賀には、別に入れていた人参の星を一つ渡す。

「これは犬も食べられる?」

「味付けしてるから、今日は人間だけ」

「じゃあ、モナカは?」

文乃はモナカの頭を撫でた。

「無罪なので、いつものフードです」

古賀が人参をかじる。文乃もハンバーグを食べた。モナカだけが、納得していない顔をした。