リピート再生の外側
朽木アンの最後の曲は、リピートの境目にだけ歌詞があった。
瀬名周は暗い場所で、その曲を何度も聴いていた。イントロは二人で録った指鳴らし。Aメロはアンの細い声。サビでは電子音が一気に開き、白い光のように周の意識を満たす。
三分十秒で曲が終わる。ゼロ・コンマ二秒の空白を挟み、また最初の指鳴らしへ戻る。その空白で、アンが囁く。
「もう一回」
歌詞カードにもマスターにも、その声はない。
アンは一発録りが苦手だった。最後まで歌えても、必ずヘッドホンを外して笑った。
「もう一回。次はもっとよくなる」
周は呆れながら録音ボタンを押した。付き合い始めた日も、別れかけた夜も、二人は同じ言葉でやり直した。
雨の高速道路で車が滑った時、アンは助手席にいた。周が目を開ける前に死んだ、と誰かが言った。そのあとから、周の記憶は曲のように途切れている。暗闇の中では、曲が一周するたびにアンの髪の匂い、濡れたシート、砕けた窓の冷気が少しずつ戻った。リピートを止めれば彼女まで消える気がして、周は境目の声へしがみついた。暗闇の向こうでは、ゴム手袋が擦れ、金属トレーが鳴る。その音まで曲のパーカッションに聞こえた。現実へ戻ることは、アンのいない世界を選ぶことだった。
リピートが重なるたび、サビの低音に別の規則音が混じる。一定間隔の電子音。アンの声より近く、周の胸の内側から鳴っている。
同じ二拍が落ちた。
今度は男の声だった。アンではない。曲の外から響く。
強い衝撃が胸を突き抜ける。白い光が弾け、再生が一瞬止まる。遠くで誰かが「反応なし」と叫ぶ。周はようやく、自分が事故後の手術室にいると知った。耳元の小さなスピーカーで、救急隊員が身元確認のためアンの公開曲を流していたのだ。
曲が終わる。
「もう一回」
医師の声と同時に二度目の衝撃が来た。
最後の歌詞は、アンが恋をやり直そうと誘う言葉ではなかった。
止まりかけた周の心臓へ、もう一度だけ拍てと命じる、演奏の外側の声だった。
次の瞬間、イントロより先に、一つの鼓動が鳴った。