ワイパーの休符

 稀和の休憩室は、料金所の事務棟のいちばん奥にある。

 窓の外には車線が並び、雨の夜はヘッドライトが白い川になった。ブースのワイパーは右へ左へ動き、戻るたびに一瞬だけ止まる。その休符のあと、また同じ速さで雨を払う。

 午前一時十二分。稀和は十五分だけブースを離れた。

 休憩室の蛍光灯は少し緑がかっている。換気扇が回り、自動販売機の冷却装置が低く唸っていた。机には前の休憩者が置いたステンレスのポットがあり、付箋に「熱いです」と書いてある。

 当たり前の注意なのに、稀和は少し笑った。

 紙コップへ湯を注ぐ。インスタントのほうじ茶が渦を巻き、細かな泡が中央へ集まる。窓を打つ雨は、車が通るたび大きくなり、遠ざかると元の細さへ戻った。

 稀和は大学を卒業してから、この仕事を親しい人にうまく説明できなかった。昼夜が逆になること。季節を窓越しに知ること。短い会釈を一晩に何百回も返し、名前を呼ばれないまま朝になること。

「孤独じゃない?」と聞かれたとき、「慣れるよ」と答えた。

 本当は、慣れた日と慣れない日が交互に来る。

 窓辺には、通過した車の数を記す古いカウンターが置かれていた。表示はもう動かない。数字は「0087」のまま、誰かが電池を抜いてから季節を越している。稀和は、その止まった数字を見ていると落ち着いた。すべてを数えなくても、車は行き、雨は降り、朝は料金所の向こうから来る。

 換気扇が回る。

 自販機の内部で缶が動く。

 外のワイパーが右へ行き、左へ戻り、一拍止まる。

 ドアの向こうを誰かが通り、濡れた上着を払う音がした。

「ポット、まだ熱かった?」

 姿は見えない。

「熱かったです」

「よかった」

 足音はそのまま廊下の先へ消えた。声の主が誰か、稀和には分からなかった。交代勤務では、顔と声が一致しない人が何人もいる。

 ほうじ茶を飲むと、舌の先が少し熱かった。

 稀和は付箋を剥がさず、下に「本当に」と小さく書き足した。次に読む人が笑うかどうかは知らない。

 休憩が終わる。ブースへ戻れば、またワイパーの休符を何度も見る。

 止まる時間が短くても、そこに何もないわけではない。稀和は紙コップを捨て、雨の川の中へ戻った。