一席ぶんの朗読会

市立図書館の夜間朗読会で、最前列の七番席だけが二重予約になっていた。

一人は私、千々石奏。もう一人は「狭霧文乃」という六十代くらいの女性だった。司書の綿貫さんは空席を探したが、会場は満員。朗読する作家の東雲先生は、開始前なのに舞台袖からこちらを気にしている。

私は高校時代、東雲先生の文芸部にいた。卒業後に小説を書き始めたものの、先月新人賞で落選し、もうやめると先生へメールした。今夜の朗読会は、その返事代わりに送られてきた招待状で予約したものだ。

二重予約に関われたのは、綿貫さん、東雲先生、狭霧さん。手掛かりは三つあった。

狭霧さんの席券は、新人賞の選評用紙の裏に印刷されている。彼女の鞄には、私の原稿と同じ題名を書いた封筒。そして七番席の背には、二人で座れるよう小さな補助椅子が結びつけてあった。

「狭霧さん、選考委員だったんですね」

女性は静かにうなずいた。

私の作品は最終候補まで残った。受賞には届かなかったが、狭霧さんは編集部へ「直せば必ず伸びる」と伝え、個人的にも手紙を書いた。ところが編集部が応募者への接触を慎重に扱い、手紙は送られないままになった。

東雲先生はその話を偶然聞き、私が筆を折ると知って、二人を同じ席へ予約した。面と向かえば狭霧さんも、選考外の作品に口を出したことを謝れる。私も、評価されなかったのではなく、言葉が届かなかっただけだと知れる。そう考えたらしい。

「勝手な授業の延長だ。怒るなら終演後にしてくれ」

舞台袖から先生が言った。

狭霧さんは封筒を差し出した。

「直すべき箇所より、残してほしい一文を書きました。読まなくても構いません」

私は受け取り、補助椅子を開いた。七番席は少し窮屈になったが、二人なら原稿を広げられる。

朗読が始まる。最初に読まれたのは、私が高校時代に書いた短い物語だった。

狭霧さんが小声で言う。

「この一文、今も好きです」

私は暗がりで封筒を抱えた。

「続きも、読んでもらえますか」