一振りは空の城へ届いた
異世界へ召喚されて半日。藤代弦の冒険者登録試験では、二十歩先の藁人形へ剣を当てることになっていた。
弓でも魔法でもよい。だが鑑定柱は《魔力0》《射程0》を示し、弦に渡されたのは刃こぼれした初心者用の短剣だった。
「能力なし。足元の影にさえ届かぬ斬撃を、好きに披露しろ」
試験官が合図の旗を上げる。
弦の視界には、距離を示す無数の数字が浮かんでいた。藁人形まで二十歩。受付の鐘まで四十三歩。北の山まで二万七千歩。そして雲の上に、赤く点滅する一つの目標がある。
《絶対到達》
自分が行う一つの動作を、指定した到達点へ一度だけ届かせる。
そのとき、街じゅうの警報鐘が鳴った。
雲を割って黒い浮遊城が姿を現す。十年前に反乱を起こして逃げた宮廷魔導師の要塞だった。城底の砲門が開き、王都を丸ごと焼く魔力が紫に凝縮している。結界隊は展開が間に合わない。見物席の上級冒険者たちは空を見上げ、武器を握ることしかできなかった。
試験官が叫ぶ。
「全員、地下へ退避しろ!」
弦は藁人形に背を向けた。
「的を変えます」
浮遊城までの距離は、数字が数え切れないほど伸びている。だが《絶対到達》に、遠すぎるという注意書きはなかった。
弦は初心者用の短剣を横へ一度だけ振り、《絶対到達》を使う。
刃は空を切った。訓練場には、頼りない風が一筋起きただけだった。
一拍遅れて、雲の上に白い線が走る。
浮遊城の砲門だけが、音もなく左右へ分かれた。蓄えられていた魔力は夜空へ細い光となって抜け、星屑のように散る。城壁にも乗員にも傷はない。ただ王都を狙った兵器だけが、設計図の線で切り離されたように落下した。
通信用水晶から、要塞側の震えた声が届く。
『砲門、完全喪失! 攻撃経路不明! 白旗を上げる!』
弦の正面では、二十歩先の藁人形が無傷で立っていた。
試験官はそれを見て不合格印へ手を伸ばしかけ、やめた。
王都守備隊長が見物席から立ち、短剣を持つ弦へ敬礼する。続いて、地下へ逃げかけていた全員が振り返った。
もう誰も、射程ゼロという数字を見てはいなかった。